第一話 『出会い』
ある晴れた王宮の広場にて。
「おにいさま、どこへ行かれるのです?」
いつもの様に探検ごっこだと思ってついてきたが、彼が進む先に不穏なものを感じ、銀の髪の少女は前を歩く金の髪の少年に尋ねた。
少年は辺りを警戒しながら、少女に答える。
「星の宮だよ」
星の宮は第三王妃「星妃」に与えられた城で、王の居住区の西側にあたる。
「おにいさま、ダメよ。星の宮は下賤のものの城だから近づいてはいけないと、おかあさまがおっしゃっていたわ」
引き返しましょう?と兄の服の裾を引く少女。幼いゆえ、言葉の意味も理解せずに母の言いつけを守る素直な妹に優しく微笑んで、兄は応じる。
「月妃様は星妃様を嫌っておられるようだけど、僕のお母様は星妃様を好いてらしたよ」
彼の母である太陽妃は王族に連なる家の出身で、華やかなものや美しいものを愛する人だった。妃になる前は流浪の踊り子だった星妃の舞いや、清廉な人柄を好んでいた。星妃が後宮に入ることになった後も世話を焼くほどに。
逆に少女の母である月妃は古くから続く神官の家の出で、家柄や序列を重んじる人であったから、その娘である少女の発言も仕方のないことかもしれない。
と、上から声が降ってくる。
「ソル様、ルナ様、どちらへ?」
兄妹が仰ぎ見ると、そこには城を警護する衛兵の姿が。
「いつもの探検ごっこだよ」
ルナと危ないことはしないし、させないから心配しないでおくれ。と、ソルは聞き分けのいい子を演じて見回りの衛兵をやり過ごす。
星の宮は主を失って長い時が経っている。王の子とは言え、主のいない城へ許可なく立ち入ることはできない。立ち入ることができたとしても、自由に行動させてはもらえないだろう。自由に探索できないのであれば、城に入れたとしても意味がない。
「ルナ、よく聞いておくれ。あの宮には僕らの妹が囚われているんだ」
「いもうと?わたしたちに、いもうとがいるのですか?」
愛くるしい目をいっぱいに開いて驚く妹に微笑んで、兄は頷く。
先月この世を去った太陽妃の日記には、ソルやルナが生まれた日と同じ日に星妃も子を産んだこと、その子は占いによって国に禍事をもたらす凶兆の星の子と判じられ、城の地下へ幽閉されることとなった旨が記されていた。生前、母が彼女を気にかけていたことは感じていたが、旅の踊り子が意図せず後宮に押し込められ、あまつさえこのような不遇の扱いを受けることに、ソルの母は大変心を痛めていたことを知った。
「だから助けに行かないとね」
清掃のため、今も人の出入りのある星の宮へ子供二人が忍び込むのは簡単だった。
表向きは主のいない城のため、見回りの兵の数もほかの城に比べて少なく、ソルとルナは難なく目的の階段を見つけることができた。
「この下にいもうとがいるのですね?」
二人は地下へ続く階段を下る。地上とは違い、むき出しの石で作られた通路は明かりがついていても薄暗くひんやりしている。心細そうなルナの手を取り、ソルは微笑む。
「名前はステルラっていうらしい。ルナはステルラとなにをして遊びたい?」
「お茶会やお花摘みや、探検ごっこもしたいです」
階段が途切れた。地下にはソルやルナの部屋と同じくらいの空間が広がっており、内装も二人の部屋と同じような温かみのあるもの、家具も必要なものはきちんと揃えられている。地下であるため、開くことはできないが窓もしつらえてあり、窓の外の風景として広々とした草原の絵が描かれている。一見普通の部屋だがただ一つ、部屋の一面が鉄格子であることが大きな違いだ。
鉄格子の向こう側に黒髪の少女がいた。読み終わった本だろうか、うずたかく積まれた本の山に囲まれた少女はこちらに背を向けているので、ソルとルナに気づいていない。
「こんにちは!」
ソルが声をかけると、少女は緩慢な動作で振り返る。
新月の夜のように、光のない闇夜色の瞳が二人を捉える。
「僕はソル、こっちはルナ。ステルラ、僕たちと一緒に遊ぼう!」
これが、太陽の子と星の子の出会い。運命の時の始まり。
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