「勤労感謝の日」


いつもと変わらない、心地よい日差しが窓から差し込む朝。
1階は食堂兼酒場、2階は宿泊スペースという、旅人向けに開かれた宿賃の安い宿屋にて。旅路を共にする仲間で家族のようにテーブルを囲み、できたてほやほやの朝食をとっている所だった。
「今日は『勤労感謝の日』なんだよねぇ」
起きているのか、寝ているのか。ぼんやりとした口調で、ロイが呟く。
器用に苦手なキノコをよけている所を見ると、覚醒してはいるようだが、口調と同じく目はまだとろんとしている。
「そうですね。でも、このお店は休まないみたいですね」
そのおかげか、朝だというのに客が多い。
人外の種族のため、耳が良く、周囲の雑音が聞こえすぎるんじゃないかと心配したが、杞憂だったようだ。
たくさんの人と一緒にお食事しているみたいで、楽しいです。と微笑むナリにルルは応える。
「旅人に向けた施設だからな。休日が無い代わりに、祝日の宿泊料が割り増しされるシステムになっているんだ」
目の前に並んだ朝食セットの中に、好物のリンゴ入りポテトサラダを見つけてニコニコしていたはずのミリィの顔が曇る。
「休み無しとか……私、6月のカレンダーを見るのも嫌なのに、そんなの死んじゃう」
言うまでもないが、6月は祝日が無い。それを言うなら8月もなのだが、『夏休み』という存在のおかげで学生である彼女の『嫌いな月ランキング』入りを免れているらしい。
「休むべきだよねぇ?」
ロイの問いかけに、応じたのはルル。
「効率のいい作業のためには確かに休みも必要だろうが……別に、シフト制で勤務しているんだろうから、休日無しということでは無いんじゃないか?」
その返答を聞き、カノンが口を開く。
「でもさ、世間はお休みなのに、自分だけ働いてるーとか、テンション下がらない?」
「あ、解るかも。中等部の時、私は始業式なのに、近所の子はまだ夏休みで。あれは羨ましかったなー……」
遠い目をしたミリィが同意すると、ロイがだったら……と、言葉を繋ぐ。
「祝日なのに働いてくれている人たちに、僕たちも感謝を示す必要があるよねぇ?」
「どうやって示せば良いんでしょうか??代わりにお皿を洗う、というわけにはいかないですし」
詐欺師ロイの言葉に流されるがままの箱入り娘ナリのために、兄は口を挟む。
「料金が割り増しされているから別に……」
が、それを遮り。
「僕らが今日するべきなのは、余計な仕事を増やさない努力だよ!」
「余計な仕事を増やさない努力!」
「そうね!ロイさん、たまには良いこと言うじゃない!」
ロイの口車に乗る女性陣。
3人とも、神様でも見るかのようなキラキラした瞳でロイのことを見ている。
その様子にため息を一つ吐き、
「別日に休むんだから、そんなに気を回す必要はないんじゃないか?」
ルルが水をさすと。
「つまりはエコな暮らしだよルル君。無駄を省くことによって、旅も円滑に進む。金銭の消費も減る。良いことばかりじゃないか」
「エコな暮らし、万歳!」
「いえーい!」
ロイが珍しくまともなことを言っている。何だか納得がいかなかったが、エコな暮らしには賛同しないでもないので、放って置いても良いかとルルが考え始めた矢先。
「で。話は変わるけど。僕ってさ、洗濯がすごい苦手じゃない?いっつもルル君に、洗剤が残ってるーとか、カノン君に干す時は裏にしてーとか、ミリィ君にここの汚れが落ちてないーとか、言われてるじゃない?」
話の雲行きが怪しくなってきたのを敏感に感じ取り、ルルの声が低くなる。
「そうだな」
「だって日焼けしちゃうじゃない」
「あんな目立つ汚れ、見逃す方が奇跡だと思うけど?」
女性陣はまだ、その先にあるもくろみに気づいていないようで、明るく返していたが。
「結局、洗い直してるんだよね〜?二度手間だよね〜?だったら、今日の洗濯当番、僕じゃなくても」
「よくない」
彼の考えに気づいたミリィとカノンの声がハモる。タイミング、声の調子だけでなく、蔑んだ目つきまでも双子のように揃っている。
が、そんな彼女たちの様子に、空気読まない大王はひるむことなく。
「エコな暮らしに賛成してくれたよね?」
上目遣いで首を傾げる眼鏡っ子アラサー男子。ナリがするなら、その愛らしさにみんな騙されただろうが。
「それとこれとは、話が別!」
案の定、即答。
「……僕はちゃんとみんなの勤労に感謝しようって思ってるのに〜」
ロイの言葉に耳を貸すものはいなかった。