prologue ( 8/13 - her worst birthday )


漆黒に浮かぶ、白い大型客船。
陸の明かりも届かない暗い洋上で、しかしその船上は華やかに彩られていた。
着飾った貴婦人、陽気な音楽。色とりどりの食事、談笑する人々。
しかし、それらに目もくれず、少女は扉を開く。
「クレシア様、どちらへ?」
いつもの騎士姿とは違い、礼装をしているせいか、雰囲気が違うお目付け役。
少女──クレシアは、会場を出てすぐの手すりに体を預け、生命の気配がない海を眺める。
夜の風が冷たくて心地良い。
パーティが始まっていくらもしていないため、甲板にはクレシア達以外の姿はないようだった。
「貴女は今日の主役なんですから、このような所にいては」
「主役?形だけの主役なら、あまり舞台にいない方が喜ばれるものよ?」
皇帝が信を置く諸侯、持ち回りで行われる皇子、皇女の誕生パーティー。
第4皇女であり、皇位継承権第12位と、将来性もないクレシアは、今日ここに名だたる貴族が集まる名目にすぎない。
彼らの話題の中心は、先頃出された次期皇帝選定の際に、誰の後ろ盾であるべきかというもの。
そんな話に、皇女のクレシアが入れるわけもなく、だからと言って、他に話題を持っているというわけでもない。
「それに、私がこういう煌びやかなの苦手なの、知ってるでしょ?」
「ですが」


と、不意に視界の隅の白いものが消えた。


「ロリエ、今…落ちたわよね?」
大型の船だから、水音は小さく、微かなものだったが。
「はい。恐らく、子供が」
思わず顔を見合わせる。
少しの間。
少年が行動を起こすより先に、
「ロリエ、ロープを。私が行く」
クレシアはドレスをたくし上げ、手すりに登る。
「いえ、私が!」
「いいから。私がロープ係になったら、来賓に捕まって身動き取れなくなっちゃうでしょ。
『ヒメ様はお色直ししています』とでも言って、さっさとロープ取って来る!!」
迷った末にロープを取りに走るロリエの姿を見送り、少女は舌を出す。
別に内々で処理する必要はないのだ。
ロリエが助けに行き、クレシアが引き上げる係であっても、来賓に助けを求めれば、今以上に迅速に救助できる。
それが解っているにも関わらず、彼女は自分が助けに行く方を選んだ。
そうすれば、彼女の騎士は、ずぶぬれの主君を来賓に見せることが出来ないから、着替えの時間などで、パーティに戻ることを先送りできる。
「んふふ。私ったら天才」
さてと。と、水面を見遣る。
恐怖どころか、命の危険さえ感じる距離だったが、わがままを聞いてもらってる手前、後には退けない。
深呼吸で気持ちを落ちつけ、意を決して飛び込む。
誕生日プレゼントとして与えられた、布をふんだんに使用してある桃色のドレスが、海水を吸って重たくなる。
「ねぇ、いるんでしょー?返事してー」
辺りを見回しながら泳いでみようとするが、ドレスが纏わりついて上手くいかない。
と、波に乗って、白い塊が近寄ってきた。
人形に白い子供用のタキシードが着せてある。
「まさか……コレ……」
船のディスプレイの一部が、外れて落ちたのを、人が落ちたと勘違いしたようだ。
「クレシア様!」
切羽詰まった騎士の呼びかけ。
「ごめーん、人形だったみたーい」
落ちてきた浮き輪にしがみつく。
が、ロープが付いていない。
「ロリエ?」
再び見上げた少女の目に、違和感が飛び込んでくる。


彼の礼服は白かったはず。
今は夜で、今日は曇り空だから、月明かりもないはず。
…なのに。
ロリエの服に赤い色が。
ロリエの背景に紅い色が。


「逃げて下さい!やつらに見つかる前に!」
ドンドーンと、あちこちで爆発が起こる。
海上には少女以外の姿はない。皆、突然の爆発から逃げられなかったのだろうか?
「ロリエ!一体何が」
ロリエの手を離れた暗幕が、少女をふわりと包み込む。
「解りません!ですが、やつらは貴女の命も狙っているはず。早く逃げてください」
言い、剣を抜き、迫る敵を迎え撃つ。


尋常ではない、何かが起こっている。
船にはもう戻れない。


「……ありがとう」
大声を出せば見つかってしまうから。
だから呟くような声で、相手に届くことのないお礼を言った。




next