1. ( 8/16 - he met the boy ? )


白い砂浜に打ち上げられた残骸。
先日沈んだ船のものなのだろう。破片に混ざって衣装箱や本や机などといった日用品も転がっている。
……ひどいことしやがる。
世間に流れたニュースでは、皇女様と彼女の誕生日を祝おうと集まった貴族たちは、海賊の襲撃に遭ったということになっている。
「どれもすげぇ細工ですね。持って行きますか?」
浅瀬を進めない本船との、連絡用の小船から降りた男は言う。
日に焼けた肌、人相が良いとはとてもいえない顔、左目の眼帯、腕の傷。海賊を体現したかのような彼は、副船長のトイ。
「そうだな。スリムにでも渡せば上手くやってくれるだろうし」
「レット、ペッパー。お前らは砂浜に転がってるもんかき集めて来い!ティルとシューは水の補給!食料探しは俺が行く」
「あいさー」
一緒に小船で渡って来た乗組員にてきぱきと指示を出す。
「じゃあ俺も、食料探し手伝おうかな」
小船に残っていたカゴを持ち、トイに付いて行こうと繁みに近寄る。


と。何かが煌めいて。


「大人しくしろ、海賊ども。この男の命が惜しければ、私の言うことを聞け」
恐る恐る視線だけで振り返ると、そこには中性的な顔立ち、金色の髪を襟足でまとめた少年が。
そして、彼の持つ切れ味の良さそうな剣は、目の前の海賊の首筋に添えられていて。
「船長!?」
状況に気づいた船員たちが動揺の声を上げる。
「船長?アンタ船長なのか?」
少年は、サバイバル生活で汚れてはいるものの、それでも綺麗と呼べる顔を曇らせる。
「一番弱そうなのを狙ったんだろうけど、残念ながら俺、船長なんだわ」
海の男然とした逞しい筋肉を誇る他の男たちとは異なり、少年の捕まえたこの黒髪の男、スコットは、長身痩躯。
「とてもそうは見えない」
少年の素直な感想に苦笑して、
「よく言われる。けど」
するりと剣の呪縛を抜け、スコットは少年の手から剣を落とし、羽交い絞めにする。 一瞬だった。
「本当だから。ね?」
「ん……放せッ!」
武器を失くし、身動きも取れない。何とか逃れようとしてみるが、がっちり組まれていて、解けない。 トイは、他の男たちに無事を伝え作業に戻るよう促すと、少年の剣を拾う。
「どうします?このガキ」
スコットは少し考える素振りを見せたあと、放せと連呼して暴れている少年に問う。
「所で、さっき言うことを聞けって言ってたけど、何を聞かせたかったんだ?」
少年は動きを止め、後ろの男をにらみつける。
答えは返らない。
「まぁ。多分、ネピアまで連れてけって事なんだろうけど」
「どうしてそれを!?」
数日前の沈没事件。その海域から近い無人島。そこにいた貴族階級特有の服を着た少年。あの事件の生存者と考えるのは当然だ。
「んー、なんとなく」
が、彼は多くを語らず。
「俺たちもネピアに用があるし、行きたいなら乗せてくけど?」
そして、少年を捕らえていた力を弱める。
スコットの腕から逃れた少年は、間合いを取り、警戒を隠さない。
「どうする?」
柔らかな目。打算や策略を感じない。
が、少年は知っている。人間は笑顔で人を陥れることができる生き物だと。
「……何を考えている?」
「?何も?」
きょとんとした表情で、スコットは首を傾げる。
「……」
少年は海賊たちをにらみつけたまま、動かない。
まぁ、仕方ないかな。
貴族といえば、基本、賊の餌食となる存在だ。
航海中の身の安全を得るために人質を取り、自分を優位に立たせようとしたのだろうが……。
「トイ、食料採りに行くぞ」
少年から目をそらし、繁みの奥に歩を進める。
「あまりにも長く留まると、船員6人にしては多すぎる部屋にネズミが入りこんじゃうからな。 2時間くらいで出発するぞ」
わざとらし過ぎたか、副船長が生暖かい目で見つめてきたが、無視して先を行く。


振り返らなかったから、あの後少年がどうしたのか、誰にも分からない。


「ちゃんと乗ったかなぁ……?」
積み込みの間中、船長は島を眺めたり甲板をウロウロしたり、落ち着きがない。
「そんなに心配するんだったら、ふん縛って連れてけば良かったでしょうにヨ」
最後の積荷を固定し終えた、スキンヘッドに陽光が反射して眩しい男、ペッパーが鬱陶しげに言う。
ここは自然が豊かで生きていくには事欠かないが、無人島だ。この島に立ち寄る人間は、彼らエリエール海
賊団しかいない。あの少年を助ける気があるなら、何が何でも有無を言わせず連れてくるべきなのだ。 だが。
「だってさ。俺、個人の自由を尊重する超素敵な船長だからさ、仕方ないじゃん」
「そーですね、仕方ないですネ」
そういえばこういう人だったと、今さらながらに思い出し、ため息がもれる。
その様子を見て、キツネ顔の男、ティルはくすりと笑い、
「でも、乗っていると確信しているから、出発準備をしているんでしょう?」
船長との付き合いが長いからこそ分かる。
乗っていなければ「プライドを捨ててまで人命を尊ぶ超素敵な船長」と自己評価を変え、少年を引きずって来るに決まっている。
「さぁねぇ」
そううそぶいて、船室に続く扉を開ける。
「今日は貴族のぼっちゃんに襲われて疲れたから、もう寝るわ。
針路南南西、目的地ネピア港で上手くやっといて」
「あいさー」
指示を受け、ペッパーが操舵室に走る。
太陽は沈むには早すぎる。
「スコット。ネズミ捕り頑張って」
ティルの激励に、スコットは苦笑で応じた。


ザザ……ザザーン


日も落ち、寝静まった船内。
闇の中、気配が近付いて来る。
ベッドが重みを感じて鳴ると同時に、首筋に冷たい感触。
「起きろ、海賊船長」
首に当てられたナイフと同じ、冷たい声音。声変わり前特有の、高い、少女のような声。
「起きてるよ。君が部屋に入ってくる前から」
返事をして、ベッドサイドの明かりに手を伸ばす。
「ちなみに、海賊船長じゃなくて海賊船の船長さん、ね」
片手で器用にランプに火を入れる。
昼とまではいかないが、室内が明るくなる。
「君も懲りないねぇ……」
少年は、スコットに馬乗りになり、昼間とは別の刃物を突き付けていた。
襟足で束ねられた髪が、ランプの光で金糸のように輝く。白い、苦労を知らないきめ細やかな肌。細く華奢な腕。長い睫毛、緊張で潤んだ青い瞳。それらをぼんやりと眺めて。
「俺は受けよりも攻めの方が好きなんだけど」
「何を言っている?そんな事よりも……!?」
言葉が途切れた。
少年には何がどうなったのか理解できないくらい早く、自然に、お互いの位置が入れ替わる。
「そんな事よりも、何?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねる。
身なりさえ整えれば、貴族に見えなくもない、海賊とは思えない綺麗な容貌に覗き込まれて、少年は言葉を失う。
「それにしても、本当に女の子みたいだね。頂いちゃおうかな。据え膳食わねば何とやらだし、うん」
「なッ!?私は男だぞ!」
少年は慌てて武器を探す。先程まで持っていたナイフは、ベッドの下に落とされたようだ。
「男の子でも、こんなに可愛ければ十分じゃないかな。ね?」
ね?じゃなーい!!!
突然訪れた貞操の危機を逃れようと、思考がフル回転する。
武器はない、腕は動かせない……。
不意に母の言葉を思い出す。
「……こっっんの、変態がぁ!」
思い切り膝を振り上げる。
少年の膝は、見事にスコットの股座に当たり……。
「う……くぅ……。子供作れなくなったらどうしてくれるんだよ!」
涙目の訴え。
少年は、「男の弱点はマタの間よ☆」と教えてくれた母に心の中でこっそり感謝し、ナイフを拾い、未だ動けずにいる変態船長に刃を向ける。
「私にはそんなこと関係ない。
さぁ、変態船長。私に船長の座を渡せ。速やかに渡せ。快く渡せ」
返事は無い。
スコットは痛む股の間を抑え、ベッドの脇に転がったまま、
「警戒心たっぷりの子ネコちゃんを安心させて納得させるためとは言っても、痛いのは勘弁っていうか何で俺、あの時場所を入れ替っちゃったかなぁ……って、どんな表情するのか見てみたいなーなんて誘惑に負けたからなんだけど。それにしても痛い、痛すぎる。何か天国が見える気がする」
何かブツブツ呟いているが、少年の耳には届かない。
「渡す気が無いなら、命を頂く」
スコットの首に押し当てられた刃が、薄く皮を切り、血がにじむ。
「ああ、はいはい。だから、痛いのは勘弁って。
良いよ、譲るよ。ネピアに着くまで船長さんな。
これで満足なんだろ?」
痛みに意識が行き、ついつい投げ遣りになる。
少年はやはり不服そうな顔をしているが、
「ここ船長室だから。じゃ、平船員さんは別の部屋で休みまーす。お休みなさい、新米船長さん」
そう一方的に言い放つ。
「なっ……ちょ、待」
制止の声が聞こえたが、無視して扉を閉めた。
期せずして出た欠伸で、目が潤む。
「さーて、トイに知らせて、それから寝るかぁ。痛いし疲れたなぁ」
もう一度船長室を見るが、警戒しているのか諦めたのか、追いかけて来る様子は無い。
「ああ、眠……」




back next