extra stage 2011 ( 1/3 - the New Year )
がやがや。ざわざわ。
町外れの神社だというのに、三箇日であるせいか、人が多い。
雨雲があるなら雪が降るであろう冷たい空気。日差しも冬らしく柔らかで、昨日の雨を乾かすことが出来ていない。ぬかるむ足下。
せめて石畳がある順路を行けばいいのに、同行者はそんなことお構いなしだ。
彼の身につけているものも見た目は質素であるものの、高価な物だというのに。ブーツもズボンの裾も進むごとに、どんどん泥だらけになってゆく。
「まぁ、私も君もそんなこと気にする人間ではないのだけれど」
汚れれば換えを買えば済むと思っているのと、服装が乱れていても気にならないという点が違うが。
「ん?何?」
うっすら聞こえた独り言に、今日の主催者は視線を周りから隣を歩くスリムへと戻す。
この国では一般的な黒い髪、黒い瞳。誰よりも高貴な身分であるはずなのに、そうは感じさせない平凡な雰囲気。
「いや。服装を平民仕様に変えるだけで周りに馴染めてしまう、君のオーラの無さが羨ましいなと思っただけだよ。私などにはとても真似できない。にじみ出る高貴さが罪のない乙女たちを魅了してしまうからね」
「半年前まで一般人やってたから平凡なのはしょうがないじゃん。それに、そんな派手な恰好してれば罪のない乙女たちじゃなくても振り返っちゃうと思うけど?」
呆れが混じった冷たい瞳で返される。
この国の皇帝を勤めて五ヶ月目の、新米皇帝スコッティ陛下の選んだ服装は、黒を基調としたモノトーン。元々華美さに欠ける顔なのに、より一層地味さが際だっている。スリムが隣にいなければ、誰も見向きもしないだろう。
「私は他人に愛されるために生まれて来たのだから、視線を集めてしまうのは当然のことだよ。君だって一族の端くれなのだから、遠慮せず目立てばいい。私のファーを貸してあげるよ?」
首に巻いていた桃色に染め上げられたミンクの毛皮を指す。これを巻けば、少しは新年を迎えるに相応しい晴れやかな見た目になるだろう。
「や、目立たなくていいんだって。俺たちお忍びで来てるんだからさ。ってゆうか、なんでお前付いてきたの?お前がいると全然忍べねぇんだけど」
金色に輝くコート、新春をイメージした明るい草色のズボン、ラメを散りばめた空色のブーツ、桃色の襟巻き、髪と同じ赤色の毛糸の帽子。普段よりは抑えめにコーディネートした服装だというのに、何故文句を言われなくてはならないのか。
「君は無神論者だったと思ったけれど、今年から神を信じる気になったのかな?まぁ、今更神頼みしたところで君の願いを聞き届けてもらえるとは思えないけれど」
数日後に公式参拝だって控えているのに。わざわざ混み合う神社にお忍びで出向く意味が解らない。
「それは……」
「兄様!屋台という物がたくさん出てて、色んな物が売ってた!!本に載ってたのと同じだ!」
スコッティが答えようとしたところで、彼の腹違いの妹、クレシアが目を輝かせて戻って来た。
金糸の髪を結い上げて飾りたて、服装は華やかな模様の入った振り袖。境内に入ってすぐ、護衛代わりの聖騎士とどこかへ行ってしまった彼女の様子に、得心がいく。
「可愛い妹に社会勉強をさせようということだね。貴族の娘としては不必要な勉強だと思うけれど」
スリムの言葉は妹馬鹿の耳には届かない。
「後で好きなの買ってやるから。何が良かった?」
城の者にも、船の者にも見せたことのない優しい眼差し。
クレシアは初めて見る光景に心躍らせたまま、答える。
「イカ焼きとトウモロコシと唐揚げとフライドチキンとたこ焼きと、後……」
「そんなに食べたら太っちゃうぞ」
「太っても良い!私が太ろうが痩せようが兄様には関係ない!」
「ひっでぇなぁ」
笑い合う二人。
ほのぼのとした雰囲気。
今まで慣れない仕事に必死に取り組んできたのだから、これくらいの息抜きは良いだろうと思う。
心休まる場所が今は妹の傍だけだというのなら、好きなだけ傍にいれば良いとも思う。
しかし。
「皇帝陛下が妹を溺愛というのも恰好付かない事柄だからね」
この後の参拝で、スリムが「スコッティのシスコンが直りますように」とお祈りしたのは言うまでもない。
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