マッチ売りの少年と天使のお話2 ( 12/24 - white chistmas )


「マッチはいかがですか〜」
 人通りの多い繁華街でマッチを売る黒髪の青年。人の往来は絶えないものの、師走の忙しさからか誰一人として彼に目を向けるものはいない。
「マッチ〜箱が無くても壁でこすると火が点く、画期的なマッチですよ〜って……売れるわけないよな〜」
 世間にはライターという便利なものも出回っている。マッチよりも火を点けるのが簡単なだけじゃなく、値段もお手頃。最近ではマッチを見かける方が珍しいくらいだ。
 はぁぁとため息を吐き、ベンチに腰を下ろす。吐く息がいつも以上に白い。空も曇っているし、今夜はホワイトクリスマスかもしれない。
「それなのに俺は、このマッチちゃんたちを売りさばかないと夕飯も食えないっていう……」
 懐に入れた財布には、ごちそうどころか今夜の夕飯を買う量も入っていない。給料の支払いは月末。水だけでしのぐにしても日付がありすぎる。ということで、イトコでもある上司に給料の前借りを頼んだのだが。
「ひでぇよなぁ……」
 特別にボーナスを用意しておいた、取りに来いと言われて行くと。部屋にあったのは「メリークリスマス。私からのクリスマスプレゼントだ、受け取るが良い」と書かれた豪奢な飾りが施されたカードと、大量のマッチ。
 つまりは、マッチを売った金をボーナスとして受け取れということらしいが。
 ふと感じた冷たい感触に、空を見上げる。
「雪だ!」
 空からちらちらと舞い降りる白い塊に喜ぶ子供の声が聞こえる。
 時と共に降り注ぐ量が増えていく。1時間もしないうちに積もりそうだ。
「やべぇ。餓死の前に凍死するかも……」
 命の危険をより感じた所で、自分が売っていた物の存在を思い出す。
「もしもの時はこのマッチで暖をとれば……ってそれじゃ売りもんが無くなるじゃん。ってことは何!?俺ってば餓死か凍死の二択!?」
 うおおおおおやべぇええええええと、頭を抱えていると。
 正面に人の気配。
 イルミネーションが輝く街の目玉であるツリーの前で、マッチという火気を携えて不審な動きをしていたから、職務質問でもされるのかと顔を上げると。
 そこに居たのは、金髪碧眼の女の子。
「おまえ、こまっているの?」
 舌っ足らずなしゃべりで、少女は問いかけてくる。
 年の頃は5〜6歳。親に着せてもらったのであろうか、クリスマスの夜に子供の枕元にプレゼントを置いていくという精霊、サンタクロースの衣装を着ている。
 離れて暮らす腹違いだが最愛の妹も、きっとこれくらい大きくなっているのだろうな、今頃どうしているかななどと思いながら、返事をする。
「お兄ちゃん、このマッチを売らないと、1週間飲まず食わずになるんだわ」
「のまずくわず……」
 彼の言葉を聞き、困っていることを確認した少女は、
「かあさまが いってたわ。セイヤは、すべてのひとが こうふくでなくてはならないって。だから、おまえをたすけてあげる」
 そう言い、マッチを指さす。
「そのマッチは うりものなのよね?わたしが ぜんぶ かいとるわ」
「買い取るって……」
 綺麗な身なりをしているから、彼女は恐らく貴族なのだろう。少女は、強い眼差しで言い放つと、お金は持ち合わせがないからと、ポーチから黄緑色のボールを取り出す。
「これをうれば、それなりのおかねに なるとおもうわ。うけとりなさい」
 幼い少女の手にはまだ大きいそれは、クリスマスオーナメント。ガラスの上に銀で細やかな細工が施され、小さな宝石が空に舞う雪をイメージして散りばめられている。確かに売ればお金にはなる。
「でも、それは1年の健康を祈る大事なものだろ?」
 クリスマスオーナメントは、今日、12月24日には祭の主役として木に飾られ、1年の健康を祈る道具となる。クリスマス以外にも、持ち主を不幸から守るお守りとして大事にされる。簡単に手放して良いようなものではない。
「そうよ。でも、おまえにあげるわ。おまえ、しんでしまいそうなんでしょう?しんでしまうのは、とてもかなしいことなのよ」
 近しい者を亡くした経験があるのか、少女の眼差しは寂しげだ。
 受け取るかどうか迷っていると。
「受け取りなさい、少年。それは女神クレシアからのクリスマスプレゼントよ」
 柔らかな女性の声。
「え……あなたは……」
 いつの間にか少女の後ろに、サンタクロースがいた。変装をしているつもりなのかもしれないが、彼女は。
「これから教会にボランティアに行くところだったの。ここでマッチを売っている哀れな青年がいるだろう〜ってスリム君が言ってたから、寄ってみたんだ。さあ、哀れな青年。女神からの施しを受けるが良い〜」
 そう言い、白い髭で顔を隠した女性は、少女の手から青年の手にオーナメントを移動させる。
「え、でも」
「い〜からい〜から受け取んなさい。アナタに女神クレシアのご加護がありますように」
「あなたに めがみクレシアの ごかごがありますように」
「じゃあ、クレシア。教会に行こっか」
「はい、かあさま」
 戸惑う青年をよそに、マッチが入った籠を持った親子は、仲良く手を繋いでいってしまう。
 スリムというのは、マッチを用意した上司だ。サンタクロースに変装していたあの女性は、当代皇帝の側室のはずで。それが護衛も付けずにこんな町中を歩いているのも驚きだったが。
 それよりも。
「……すっげぇプレゼントもらっちゃったな……」
 右手に収まるこぶし大のオーナメントには、よく見れば羽ばたく鳥の模様が描かれている。尾の長い鳥の意匠は、女神の一族にのみ許されたもの。そして、あの女性を「母様」と呼ぶことの出来る存在で、女神と同じ「クレシア」の名を持つのは。
 思いがけない最愛の妹との再会に、1週間くらい食べなくても生きていけるような気がした。




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