「アクマの娘〜哀歌」


「2人目は君なのか。ちゃんと嫌ってくれていると思ったんだけどなぁ」
 心をアクマに奪われたラク・シャア=ラの姿を見つめ、ロイは苦笑した。
 ──大切な者を3人失うだろう。
 幼い頃、アレントへ出向いた際に知った自分の運命。いくつか提示された内の、一番実現させたくなかった事柄。
 世界の理を知る一族だからこそ、提示されてしまった運命は覆せないことを知っていた。それでもこの運命だけは、「大切な者」という条件を満たさなければ回避できると思っていた。だからこそ、愛さないように、愛されないようにしていたというのに。
「君は本当に解らない」
 顔を合わせる度に「プリン」と呼ばれて。事故とは言え、大事なプリンを食べてしまったことを、ずっと恨まれているんだと思っていた。
 ラク・シャア=ラに首を捕まれ、もがいていたセシールの腕が力なく垂れる。気を失い、動かなくなったセシールの姿を確認して、ロイは言う。
「おいで、ラク・シャア=ラ」
 剣を投げ捨て、両腕を広げる。その姿を見たラク・シャア=ラは、少女のような笑顔を浮かべ、セシールを掴んでいた手を離し、ロイの胸に飛び込んだ。
 彼女が纏う、アクマの炎でできた甲冑がロイの肌を焼く。チリチリとした痛みに耐えながら、彼女の肩を抱き、ロイは囁く。
「気づいてあげられなくて、ごめん」
 謝罪の言葉がラク・シャア=ラ本人に届くか解らない。ただの自己満足かもしれないが、言わずにはいられなかった。
 これから、彼女を殺すのだから。
 だから、セシールが気を失うのを待っていた。助けることもできたが、しなかった。
 アクマ堕ちした人間はアクマに自我を食われてしまうから、もう2度と元には戻れない。その命を奪われるまで、災厄をまき散らすだけの存在に成り果ててしまう。だからもう、殺す以外の選択肢は無いのだ。
 そう、頭で解ってはいても。セシールの真っ直ぐな言葉があっては心が揺らいでしまう。だから。
 セシールの方へ視線を動かすと、セシールの傍に降り立った彼の従者と目があった。彼はロイが何をするのか承知しているのだろう、セシールをぞんざいに抱えると目礼をしてミリィがいる場所まで戻っていった。
「……白き呪縛の風よ」
 インスタントスペルを唱え、腰に付けていた魔石に蓄積させていた呪縛魔法を解き放つ。
 白い風の茨が、ラク・シャア=ラに絡みつく。しかし、彼女はそれを気にすることなくロイの胸に顔を埋めている。
 愛しい者にようやく受け入れて貰えた、無垢な少女のように。
「輝ける風 荒れる風
 木々を揺らす生命の風よ
 集いて踊る風葬の謳い
 奪い 再生せよ」
 あと1言、言葉を紡ぐだけで、彼女の命は消える。
 心が、揺らぐ。このまま生きていても、あと1人、自分のせいで誰かの命を奪ってしまうのだろうから。このまま彼女の炎に焼かれて消えてもいいのではないかと思ってしまう。
 ラク・シャア=ラが顔を上げる。戸惑うロイの表情を認めると、苦笑を浮かべ、ロイの唇に自身の唇を重ねる。
 彼女が離れ、口が自由になったにもかかわらず、その唇は自分の意思では動かない。
 何をしたのかと問いかけることも出来ないでいるロイに、ラク・シャア=ラは微笑みかける。
 そして、彼の意思とは関係なく、ロイは最後の言葉を紡いだ。
「”風の3女神の慈悲(トライウィンディー・ブレス)”」



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