「月夜の出会い」
ばさぁぁ。
突然現れた影は、マントを翻し、三日月をバックに高らかに宣言する。
「貴様ら、無駄な抵抗はやめて俺にひれ伏すがいい」
その内容は、十中八九悪党の台詞だ。
しかし、野盗に囲まれた少女には正義の味方のように思えた。
崖の上でマントを風に遊ばせる男は、とう!というかけ声と共に空に身を躍らせる。
軽やかな身のこなし。風の精霊でも従えているのか、ふんわりと地上に降り立つ。
思ったより華奢な体つき、整った顔立ち。
「おうおう兄ちゃん、偉そうなことほざいてたよなぁ」
彼の見た目に油断して、野盗が彼にもからむ。
少女には解った。彼は物凄い術者だ。彼からあふれ出す力に、身がすくんだ。
彼は野盗たちを一瞥して、大仰にため息をついた。
「配下にしようと思ったが…とんだ見当違いだったようだ。もう帰っていいぞ」
しっし。動物を追い払うしぐさ。
そんな事言われて、何も盗らずに帰る野盗などいるわけがない。
馬鹿にするな。やっちまえ。
どこからか聞こえた声を合図に、野盗たちが一斉に彼に襲い掛かる。
「痛い目見ないと力の差も測れないのか?」
彼の顔には恐怖は無い。あるのは喜色だけ。
砂埃が舞い上がったと思ったら、すでに勝負が付いていた。
そこに立っているのは黒いマントの男だけ。
砂埃の中で、何が起こったのかは解らなかったが、勝者が誰かは歴然だった。
「う…わぁぁぁぁ」
少女を拘束していた野盗は、恐怖の声を上げて逃げていった。
高貴さと冷酷さに彩られた彼の横顔。
「お前はどうする?」
射るような氷の視線が少女にも向けられる。
「貴様ら」の中に、少女も含まれていたらしい。
意を決して、少女は口を開く。
「もしよろしければ、お供させていただきたいのですが」
母は言っていた。強くて正しい心を持った術者を主に選びなさいと。彼がそうだと、少女の本能が告げる。
少女の申し出を、彼は鼻で笑う。
「野盗ごときに絡まれても何も出来ないお供は必要ないな。お前の場合、お供させていただくじゃなくて、お守りしていただくの間違いだろ」
冷淡に吐き捨てて、彼は少女に背を向け、歩き出す。
お守り。そうだ。少女は何も出来ない。付いていっても足手まといにしかならない。
やはり、里から出たのは間違いだったのだろうか。
彼は振り返り、逡巡する少女に言う。
「お前は歩くことも出来ないのか?足手まとい以前のお荷物だな」
「え?」
「足手まといくらいなら何とかなる。歩けるならさっさと付いて来い」
付いて来い。心の中で反芻した少女は、幼さの残る顔いっぱいに嬉しさを浮かべて彼の後を追いかけた。