「猫たちの村」
街道を大きく外れた山奥に、ひっそりと隠れるように存在しているケット・シーの村。人間の村と何ら変わりのない、煉瓦作りの家が立ち並ぶ集落に、行き来するのは人外の特徴を持った人々。ここでは人間の方が珍しいだろうに、誰ひとりとしてザクに興味を示さない。
途中、大きな広場を通り、最奥の村長の館へと続くメインストリート。四百年前と変わらないのどかな風景に、心が安まる。
この世界はどこかおかしい。それを調べようと思った。
自分たちが封印されている四百年の間に、何が起こったのか。
それを知るためには、人間では寿命が短すぎる。だからといって、歴史を紡ぐ天使の一族とは馴染みが無い。アレントに行っても良かったが、ナイゼルがいる可能性がある。
消去法の末たどり着いたのが、故国グランバニアと親交があったこの村、サトクリフ。
「あの頃の村長はさすがにいないよね……」
ネリア姫がいるのだから、彼も生きている可能性はある。だが、ケット・シーはエルフほど長命ではないし、ネリア姫が生きていたのだって、時を止める封印の影響かもしれない。
村の一番奥に位置する、周りの建物よりもやや大きい程度の屋敷。
「そろそろ来る頃だと思っていました。お久しぶりです、ザク王子」
見計らったかのように、扉の中から現れたのはザクよりも年若い少年。
柔らかな黒髪、薄く紫がかった瞳、人外の象徴である黒い耳。彼はこの村の長、グランロロ・サトクリフ。
懐かしい呼び名に、苦笑して応じる。
「俺はもう王子ではありませんよ。国も滅んでしまいましたし」
「国が無くなろうとも、交わした誓いは消えません。さぁ、奥へどうぞ」
四百年経っても変わらない彼の風貌に違和感を抱きながら、進められるままに屋敷の中へ入る。
屋敷の中は、随所に施された明かり取りの効果か、外のように明るい。
「そうそう。もう間もなく、ナイゼルの魔力の封印が解けてしまうようですよ」
盲目とは思えない、しっかりとした足取りでザクを先導していた村長は言う。
「あの町のことが彼に知れても、封印が解けないように鍵を掛けてあるのですが。運命の悪戯なのでしょうね」
「どうして解るんです?」
ザクの問いかけに、村長は振り返り、微笑みを浮かべる。
「僕に移植された紫眼の瞳は、視力を奪う代わりに未来の映像を見せてくれるんですよ」
彼もまた、グランバニア王国の被害者。
力を、豊かさを求めて人体実験を重ねていた故国の、負の遺産。
「そんな顔をしないでください。僕はこの目を、結構気に入ってるんですから」
見えないはずなのに、ザクの心を察して、彼は声をかける。
「不思議ですね。あなたは本当に目が見えないんですか?」
「見えない分、他の感覚が鋭くなっているんです。だから、あなたの悲しみも、心の中で渦巻く、言葉にならない感情すらも感じることが出来る。あなたの疑問に答えを与えましょう」
そしてまた、奥へ向かって歩を進める。
真っ直ぐに続く廊下の突き当たり、両開きの扉を開く。
「……ナイゼルは、魔力を取り戻したら。また、あの魔法を使うでしょうか?」
フェミアの希望を叶えるために紡がれた魔法。しかし、あれは彼女の遺志に反する。
時間をかけて全ての生き物の命を奪う、殲滅の魔法。
「間違いなく使うでしょう。この世界は四百年前から変わっていない」
扉の向こうには、会食用の長テーブル。その脇を通り、別の扉を開く。
「しかし、そこには月の加護を持つ銀色の天使に導かれたルル皇子がいます。だから大丈夫」
「そうですね。彼がいるなら、大丈夫だ」
素直に信じることが出来た。