「海水浴2」


潮風でさび付いたトタン屋根は、留め具が外れているのか、風が吹くたびにパタパタと音をたてている。立て付けが悪いらしく、扉は閉めても勝手に開くし、歩いただけで廊下には穴が空く。夏季だけの仮住まいにしては、オンボロすぎる。
「みっずぎ、みっずぎ、海水浴っ♪」
そんな海の家の質は総無視で、女性陣は借りる水着選びに夢中になっている。
佇まいに反して、水着のバリエーションは豊富らしい。水着なんてどれも同じだろうと思うのだが、ナリが嬉しそうに選んでいるので口には出さない。
「夏は良いねぇ」
隣でルルと同じく、女性陣の水着選びを見守っていたロイが目を細める。
「夏は衣服によって隠されていた身体が解き放たれるすばらしき季節!ああ、薄着って素晴らしいねぇ。水着なんてああもう最高だねぇ」
遠い何処かを見つめて、にょにょにょと、変な声で笑っている。
訳もなく胸の高さまで上げられた両手の動きも何だか気持ち悪い。
そういえばそうだった。
ロイは、あられもない姿で戦う少女を直視するような紳士の風上にも置けない、ただの変態だった。
温泉地でのロイの振る舞いを思い出し、ルルは頭を抱える。
変態からナリを守らなくては。
彼女を守るのがザクとの約束。変態の好奇の目にさらされて、不快な思いをしたり、傷つけたりしてはいけない。
「ナリ、迷っているのか?」
焦りを隠し、爽やか兄さんスマイルを浮かべ、ナリの隣に立つ。
「すみません。どのようなものを選べば良いのか、ミリィさんにも見て貰っていたのですが……」
最後の3着で決められなくなってしまったらしく、目の前にはナリに似合いそうな、大人しく可憐なデザインの水着が並べられている。
しかし、それはどれも2ピース。肌の露出はワンピースに比べれば格段に多い。
「どれも可愛らしいと思うが……まだ夏本番ではないからな、海水温も低い。ちょっと地味かもしれないが、これなんてどうだろう?」
「これ……ですか?」
ルルの差し出した紺色の素っ気ない水着を広げ、ナリはルルを見上げる。
「ナリは肌が白いから、濃い色の方が似合うと思うよ」
戸惑ってる様子のナリに、ルルが柔らかく言うと。
「じゃあ、ルル。私はどっちの色が良いかな?赤と白で悩んでるんだけど」
ミリィから声が掛かる。そちらを見やると、
「……どういうセンスなんだ」
ミリィの目の前にあるのは、赤を基調に南国の花が描かれ、所々にラメが入った派手でデザインが刺激的なものと、白一色だがレース使いで露出も抑えめ、繊細で落ち着いた印象のもの、という対照的な水着。
「普通は悩む時って、デザインが似通っているから悩むものじゃないのか?」
「そうなんだけど……どっちも可愛くて選べなくってー。ルルはどっちのが好み?男性の意見も聞きたいな」
ミリィの質問に、再び水着に目を落とす。たくさんある水着の山の上に広げられた2着の水着。
「カノンは、ミリィなら赤いのを着てもいいんじゃないかって言うんだけど……」
そう勧められても即決出来ない程、赤い水着の方は布の面積が小さい。
奔放な彼女でもたじろぐ刺激的なデザインの水着を着たところで、喜ぶのはあの変態ぐらいだろう。
「俺は白の方が好きだよ」
それに、裸に近い姿でうろうろされても困るしな。
「白かぁ。うん。背伸びするのはまた今度にしとくわ」
ごめんなさいね。と、ミリィは赤い水着に謝罪して、綺麗にたたんで山に返す。
「カノンは決まった?」
「ええ……決まったというか、これしかないというか」
歯切れの悪い彼女の様子に、ミリィは首を傾げる。
「サイズが合わなかった?そんなにおしり、大きかったっけ?」
「おしりは普通サイズなんだけど……」
カノンは、頬を桃色に染めている。と。答えづらそうな従者の代わりに、主人があっけらかんと応じる。
「カノン君、おっぱいが規格外なんだよねぇ」
「ああ〜」
温泉で見たのだろう、ミリィが納得とばかりにポンと手を鳴らす。
「確かに大きかった!すっごい形が良くて、女の私でもムラムラきちゃうくらい凄かった!」
「ちょっと!大声で恥ずかしいこと言わないで二人共!」
耳まで真っ赤に染めて、抗議するカノン。
「あは、ごめんごめん」
ミリィの謝罪に、気を取り直して、自分の水着を紹介する。
「……そんな感じで、これしか合うサイズのがなかったの」
彼女が持っているのは、夕焼け色のシンプルな水着。
「可愛いじゃない。オレンジ色の水着って、健康的な印象ですごく良いと思うけど?」
「そう?」
自信なさげなカノンに、自信たっぷりにミリィは笑顔で頷く。
「そっか」
「さーて、納得したところで。着替えに行こうか、お嬢ちゃんたち」
「はーい」
いやらしい笑みを隠さないロイ。その眼差しにも思惑にも気づいていないのか、少女たちは元気よく返事をして、更衣室へ入っていった。
「……」
皇子という身分のため、学校には行っていなかったが、引率の先生とは大変なものなんだなと思うルルだった。





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