「海水浴3」


「青い珊瑚礁、白いパラソル、輝いた季節へ旅立とう!瞳はダイアモンド〜〜!!!」
初めての海水浴のせいか、押さえきれない衝動を絶叫という形で発散するミリィ。
ロイは砂浜に立てたパラソルの下。ナリとルルは兄妹仲良く砂浜でお城作りを始めようとしている。
青い春、真っ盛りなはずの若者たちがこんな状態でいいのだろうか?
若者の過ごす夏が、こんな枯れてていいのだろうか?
いいや、いけない。神様が許したとしても、私が許してはいけない。
「やるわよ、カノン」
オレンジ色の戦闘服に身を包んだ赤髪の少女は、自分の頬を叩き、気合いを入れる。
なんたって敵は口が達者なのだ。気合いで負けるようでは、陥落なんて不可能。
「ねぇ、ルル」
ちょっとちょっとと、カノンが手招きで呼ぶと。
「何の用だ?俺はナリのサポートで忙しいんだが?」
不機嫌さを隠すことなく、それでも可愛い妹の手前、ルルは素直に招集に応じる。
妹にスクール水着を勧めるような、ちょっと幼女趣味入った変態さんを仕向けるのは可哀相な気もするけど。
「ナリの相手は私がするから、たまには羽根を伸ばしてきたら?同じ年頃のミリィもいるんだし、一緒にボートにでも乗って楽しんできてよ」
「気遣い無用だ。俺はナリの相手を苦に思ったことはない」
放っておいてくれと踵を返すルル。
いや、四六時中あんたがべったりだから、ナリが窮屈に思ってるんじゃないかっていうのが本音なんだけど。
それを言ったところで、気遣い屋のナリが「そうなんです、お兄様がウザくて困ってるんです」なんて言うわけがないから、口に出さないだけで。
「あああ、ちょっと待って。ミリィ、今年が最後の夏休みなのよ。学生が終わったらただの貴族の娘に戻っちゃうって。自由は今しかないんだって言ってたの。思い出作ってあげたいじゃない?」
だから協力して欲しいの。
カノンの必死の交渉に、ルルは仏頂面で振り返り。
「どうして俺が?そこまでアイツのことを思っているなら、お前が一肌脱げば良いだろう」
「それもそうなんだけど……あの子、恋したこと無いって言ってたから」
だから、ルルが適任だと思ったのだ。年も近いし、見た目も悪くないから。
「俺の他にも男が……いや、いないな」
日陰で横たわり、こちらを眺めてニヤついている変態が目に入ったのだろう、ルルの視線が冷たい。
「そんな感じで、ルルにお願いしたいんだけど」
手を合わせてお願いするカノンに一瞥をくれたあと、ルルは目を閉じ、考えをまとめる。
「……不自由な生活に戻った後、良い思い出がある方が辛くならないか?」
「どんな理由があろうと絶対に嫌だ」と拒絶される可能性を考えていたカノンは、一瞬言葉を失う。
ルルは、ナリのことと自分の目的のことしか頭に無いのだと思っていた。
ダメ元で声をかけたのに。ひょっとすると、ひょっとするかも。
「良い思い出があるから、不自由な生活でも努力できるの。あの頃に帰りたいと思うから、辛くても、苦しくても働くことができるの!思い出が無かったら、あの出会いがなかったら、私はあんな変態の下で働くことなんてできなかった。変態の視線も、変態の変態発言も耐えることが出来たのは思い出のおかげ。思い出の大切さは身をもって知ってる。思い出ばんざい!!」
流されかかっているから、ここで一気にその気にさせなきゃ!と、意気込みすぎて魂の叫び大暴走。
海というのは恐ろしい。衣服だけでなく、心まで自由になりやすい。
普段隠していた気持ちを外に出してしまった恥ずかしさで、頬が染まる。
「……だから、心配する必要は無いわ」
「……よく知らないが、お前も今日くらい羽根を伸ばした方が良いと思う」
ルルの感想に、ありがとうと返事をして。
「それで、どうかしら?いい思い出を作ってあげる自信、無い?」
彼はプライドが高そうだから。何事も出来て当然という顔をしているから。挑戦的な態度で見つめてみる。
「それは……」
ルルが口を開くと同時に。
「お兄様、カノンさんに手を貸してあげてください。いなくなった私を、ミリィさんが魔法で見つけてくれたと聞きました。私をお兄様の元に戻らせてくれたミリィさんに恩返しがしたいんです。過ぎた願いだということは解っています。罰ならいくらでも受けます。だから」
ケット・シーであるから、ちょっと離れたくらいでは聞こえていたのだろう、カノンとルルのやり取りに気づいたらしいナリの助け船。
「紺のワンピースなら、これを付けなきゃね☆」とミリィが付けた名札のせいで、ますますスクール水着らしくなった姿で、「罰ならいくらでも受けます」とか上目遣いで言われたら。もう。
やっぱりコイツも変態だわ。
ミリィごめんねと心の中で謝罪しつつ、カノンは成り行きを見守る。
ルルはナリの言葉には逆らえない。だから、これで王手のはず。
「恩返しか……そうだな。ナリがそう言うなら、俺が一肌脱ぐよ」
仏頂面はどこへやら。完璧すぎる「優しいお兄様フェイス」に、一瞬誰だか解らなくなる。
「ありがとうございます」
まるで花が咲いたかのような可愛らしい微笑み。この顔が見られるのなら、シスコンじゃなくてもナリのお願いを聞いてしまいそうだ。
あんな良い娘が、「罰」って。普段受けてないとそんなすんなり出てこない単語よね?どんなことするのかしら??
先程の単語が引っかかり、あれやこれやと想像してしまう。
ふふふ、悪い子だ。そんな子はお兄様がお仕置きしちゃうぞ。きゃあ、そんなお兄様!駄目ッ!ああ!!!
「えええ、それはちょっといけないわ」
などと十八禁な妄想で頬を赤く染めていると。
「じゃあ、自分で恩返ししない罰だ」
「痛く……しないでください」
「痛くないと、罰にならないだろう?我慢しろ」
お仕置き執行の声が聞こえる。
ええ!?公衆の面前でそんな!?見ていいの?どうなの!?
ドキドキハラハラどぎまぎしつつ、顔を覆った手の隙間から覗いてみる。
ナリの柔らかそうな頬を、むにーんと引っ張るルル。
予想外の平和的な姿。
「……あんたの言うように、私も羽根を伸ばした方が良いみたい」
ちょっと変態に汚染されているようだから、海で清める必要がありそうだ。
疲れた様子で頭を抱えるカノンに、
「なら、ナリの相手を頼む。ナリは可愛いからな。お前の疲れも吹き飛ぶはずだ」
変態シスコン野郎は不敵な笑みを浮かべて言った





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