「ひぐらしのなく頃に」


うだるような暑さ。湿気を帯び、肌にまとわりついてくる空気。
「今晩も熱帯夜だな」
都に戻れば暑気も和らぐと思ったが、この時季はどこにいても同じらしい。
目指す場所は軍部の最奥。日が落ち、人気の無くなった道を足早に進む。
初めての長期遠征だったからか、それとも翌日は久々の休息日だからか、気が緩んだのだろう、必要な書類を隊舎に忘れてきてしまった。
末席とは言え、国主を守護する近衛府の人間として恥ずかしい。このまま誰にも会わずに帰りたい。
無事に書類を確保し、踵を返す。
「あれ?」
道場の脇を通りかかって、扉が開いていることに気づく。中で物音もしている。誰かが鍛錬しているのだろう。
誰だろう?好奇心に負け、中を覗く。

板張りの床は所々はがれ、深紅に染まっていた。


国主・天子を守護する近衛府は、少数精鋭で文武に秀でた者が集まっている。
「暇だねぇ。何か起こらないかなぁ」
天子の血を濃く継ぎ、若くしてこの近衛府の頭となった大佐。
「何も起こりません」
戦闘中は補佐、平常時はお守りが仕事の大佐の右腕、中尉。
他の師団とは違い、ここには上下の堅苦しい縛りはない。
「今は待機中だから、もう少し楽にしていて良いのよ?」
生来の真面目な性で、堅くなる新米兵士にも優しく声をかけてくれる。
「そうだよん。あ、花札でもする?」
「くつろぎすぎです」
夫婦漫才のような息の合ったやり取り。
それは戦闘中も同じで。
強くて優しくて。信頼し合っている。
二人は憧れだった。


「……何があったんですか?」
雷が鳴る。ポツポツと大粒の雫が落ちはじめ、すぐに大地を激しく叩く音が聞こえてくる。
口の中が乾く。信じられない光景に動くことも忘れる。
思考が働かない。
「大佐、何が……」
彼の足元に横たわっているのは、腹心の部下である中尉。
彼女の胸を貫いている剣の持ち主は大佐。
道場内には戦闘の跡が残っている。
賊と間違えたのか?いや、この二人が切り結んで相手が分からないはずがない。
「中尉は、どうして」
「処理班を」
大佐の声が大きく聞こえる。
「死体処理班を呼べ」
彼の声も表情も、遅めの夕立が運んできた寒気のように冷たかった。



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