「恋人を射ち堕とした日」


狩りの象徴、月の兎を仕留めることにより、我が一族の力は完成する。
お前は、他人の命を奪ってまで、更なる力を得たいのか?


理性を超え、暴れだす本能。
愛する人を生かす為に選んだ道のはずだったのに。
血の味に目覚めた大鷹の爪は、もう止まらない。


「まだ生きてるみたいだね。自分のしぶとさに呆れちゃうよ☆」
3日間生死の境をさ迷っていた彼は、枕元に部下の姿を認めて、口を開いた。
未だ負った傷は熱を持ち、激痛となってその存在を主張しているはずだ。
それなのに、いつもと変わらぬ表情、仕草、口調。
「何故、どうしてあのような……」
「上司が部下を守って何がいけないのかな?」
知っているはずだった。
理解しているはずだった。
この人は、死に場所を探しているだけなのだと。
戦闘で鬼神と恐れられるのも、防御で守護神と称えられるのも、自らの生命を顧みないが故のもの。
「ご自分の命を、どうか大事になさってください」
涙が頬を伝う。
生まれる自責の念。
私さえ足手まといでなければ。
「強くなりたい」
あなたを守れるくらい、強く。


「僕が君の探していた玉兎だよ。
……強くなるんだろう?」
残酷な運命。
彼は歴史を守護する一族の人間。こうなることを知っていて、彼はこの道を勧めたのかもしれない。
「駄目ッ」
理性で、今にも暴れだしそうな本能を押さえ込む。
戦場で数多の命を奪ってきた。今更人の命を奪うことに躊躇いなど無かった。
兎があなたと知るまでは。
「君の願いを叶えるために死ぬのなら、本望だよ」
パタパタパタ
彼の手には短刀。左手から零れる赤い雫。
蒸した空気に混じる標的の血のニオイ。
理性の枷を破り、本能が身体を支配する。
狙うは目の前の兎の生命。
剣が迫っても、彼は動かない。
嫌!!
繰り出される斬撃に、致命傷は無く、いくつかの裂傷を負わせただけ。
支配権を取り返したのか?いや、違う。
彼女の中の鷹は、狩りを楽しむために嬲り殺しにする気だ。


欲しかったのは強さ
あなたを守れる強さ
でも
あなたとの未来が得られないのなら
強くなれても、あなたが生きていないのなら
私は……?


手加減をして剣を振るう鷹の隙をついて、体の支配権を奪う。
剣を捨て、そして。
彼の腰の長剣に手を伸ばす。
主上から賜った聖剣には、邪悪を抑える力がある。鷹の支配を逃れた身体が軽くなる。
「生きてください、ロイ」
一度寄り付いた鷹は、死ぬまで離れることはない。
最愛の人の命を守るには、もう。
手にした剣で、己の胸を貫いた。



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