「令嬢と魔女」


金の髪、彫刻のように整った顔立ち。
浮かぶ笑みには、どんな悪行をも許す慈愛と、人はそういうものだという諦めがありありと映し出されている。
私に向かって差し出される手。
その手を取ってはならない。本能はそう言っている。
しかし、迷うことなく私は手を重ねた。
その日から私は魔女となった。

「まーだ検診のこと気にしてるの?」
「…ミリィ」
私の視界を突如として塞いだ碧眼の少女。思惟に耽る姿を、落ち込んでいると勘違いしたらしい。いつもの快活な表情が曇っている。
「だーいじょうぶだって。きっと何かの間違いよ。それに、"疑い有り"なだけでしょ?」
すぐにいつもの表情に戻って大丈夫大丈夫と明るい口調で繰り返している。
魔術学校"カジャール"の理事長の孫。由緒正しい大貴族の娘。立派な肩書きを持っている割に、この少女は差別や偏見をしない。
「どうだろうな」
心優しい友人の姿に、苦笑で応じる。
「もー。そうやってすぐに諦めちゃうのがセラの悪いところだよ。私と違ってすっごい魔力を持ってるんだから、もっと胸を張って。ね?」
その強い魔力のおかげで、村では迫害を受け、ここでは差別を受ける。胸を張るどころか、魔力など失ってしまいたいといつも思っている。
「そうだな」
それでも、そう言わなければミリィが納得しないのは解っていた。
「解ればよろしい」
満足そうな表情。本当にこの少女は変わっている。他の貴族連中は魔力がどんなに高くても、貧民層の生まれだというだけでその存在を視野から外す。彼女のように心配したり、勇気付けたり、力量を認めたりなどありえない。
「再検診、いつ?」
高等クラスの卒業過程に入る前に義務付けられている検診。「今まで学んだ高位魔術を、社会で正しく使うことの出来る人間かを見るもの」というのが施行当初の目的で、その後、「高等クラス卒業者は家柄関係なく高位の要職に就ける」という特権が付いたことにより、検診内容が強化された。
「今から。封印宮に来るよう言われている」
明るく振る舞っていても本当はものすごく心配だと顔に書いてあるミリィに、最初で最後の嘘をついた。
「そっか。頑張ってね」
検診で不合格になる者は、自身を過信し他人の言葉に耳を貸さない者、全ての人間が自分の敵であると思っている者、そして私のように世の中に絶望を抱いている者だ。
「お前も受けただろう?あの筆記試験と面接でどう頑張ればいいんだ?」 精神的なことを問うものだから、普通の試験とは違い、予習も復習も意味を成さない。演技も嘘も見抜かれる。頑張る必要の無いものだ。
「そうだけどー」
ミリィが反論しようとしたその時、始業のベルが鳴る。
「行かなくていいのか?」
検診で合格点が出た者は、今日説明会だったはずだ。
「そうね、行かなきゃ。セラ、ファイトー!!」
「気合いでどうにかなるものでもないんだけどな」
走り去るブロンドヘアーの少女を見送る。
いいタイミングで鐘が鳴ってくれたと思う。
私の身を案じてくれる唯一の人間を巻き込むわけにはいかなかったから。

チャンスは一度きりだ。
太陽の無い昼間。
君の力だけでも呪縛を破れる。

学校の中心にある封印宮。
かつて世界に災いをもたらした悪魔が封じられているという封印球が安置されている場所。
警備の魔術師を軽々と眠らせ、私は封印球のある部屋へと歩を進める。
建物の中心部、天窓から日の光が降り注ぐそこに、禍々しい気配を放つ金色の水晶球はあった。
夢の中で悪魔が言っていた、太陽の無い昼間まであと少し。
ふいに、気づけばいつも隣に居た少女を思い出す。
「楽しかったよ、ミリィ」
もう、一緒に登校することも、怒られることも、笑い合うことも無い。
「さようなら」
太陽の加護の消えた中、複雑に編まれた封印を打ち破る。


全ては願いを叶えるため。そのためになら。
魔女になっても構わないと思った。



back  next