「令嬢と義賊」


はるかな昔に天から大災厄が降りてきた
金色の魔王と呼ばれたそれは
大地に息づく全ての生き物の命を奪い去る

流される血 消え逝く生命
2人の勇者が立ち上がる
黒の皇子 その知略は敵を翻弄し
白の騎士 その剣技の前に敵は無い

たった2人で幾千の敵に立ち向かい
やがて魔王を討ち果たす


子供でも知っている勇者物語に誰かが曲を付けた歌を口ずさみながら、ミリィは街道を歩いていた。その姿は学校の制服ではなく、貴族の令嬢らしい豪奢なものでもなく、質素な質と色使いの旅装だった。
「んー。ちょっと大きな口叩きすぎちゃったかも」
人生振り返ることはしても後悔はしないを信条にするミリィは、珍しく猛省していた。
セラと封印球が消えた後、学校の理事長である祖父とセラのことで口論になった。彼女と友達であり続けるか否かという内容が、最終的にはセラを見つけて来るに変化していた。
彼女の友達をやめる気は無かったし、探し出してどうしてこんなことをしたのか問い詰めたい気持ちもあった。でも、祖父の言葉が頭にきたからと言って、何の下調べもせずに出てきたことに後悔していた。
頭が冷えた今なら、祖父が、国宝級の品物を持ち出した重罪人と友達だというマイナス要素を、孫が持つことにならないよう配慮してくれていたんだと解る。反論するにしても、もっと別の言い方があったと思う。
「後で電話でもするか」
そう結論付けて、反省タイムを終わりにした。何事にもメリハリを。これも信条だ。
「それにしても、まだカジャールから出れないのー?」
国家機関でもある魔術学校カジャールは、元はカジャール家が統治する領地であった。徒歩で出るには半日を要する。馬車を使えば移動が早いのだが、ミリィはそれを断っていた。
祖父と喧嘩したというのもあったが、それよりも、卒業までの時間を目一杯楽しみたいという気持ちが強かった。貴族の令嬢の行く末はほとんど決まっているようなものだから、自由になる時にたくさんのものに触れていたい。それには、景色があっという間に過ぎていく馬車よりも、ゆっくり風を感じられる徒歩の方が自分に合っている。
それでも、文句は別。
「無駄に広いのよ。ちゃんと手入れも出来てないし」
校舎と寮のある付近は、庭木が植えられ、道には煉瓦が敷かれていた。学校の外れであるこの辺りは、荒れてはいないが雑草が伸び放題になっている。
「ってパックンフラワー!?」
何の変哲も無い雑草群の中に、明らかに異常をきたしている魔法植物がいた。
その植物は、普段なら、赤地に白い水玉模様の捕食器で、虫を食べて栄養にする有益な植物のはず。
その口から、虫ではなく人の体が出ている。ちょうど頭をくわえられている形だ。
「えーと?」
事態がすぐに飲み込めず、とりあえずパックン人間に呼びかけてみる。
「どうされましたー?」
言葉が通じるのか不安だったが、ちゃんと返事があった。
「腹が減って…出れない」
ミリィは、呆れた表情のまま、風の精霊の力を借りて、パックンフラワーを切り裂き、中に閉じ込められていた人を救出する。無害な植物に可哀想なことをしたが、本体さえ残っていれば捕食器は再生するから、まぁ、許してくれるだろう…多分。
中から出てきたのは、赤みかかった髪のミリィと年が変わらない少女。だが、ぐったりとして動かない。
「大丈夫?」
どういう状況でああなったのか予想がつかないが、パックンフラワーの口を閉じる力は弱くないと
文献で読んだことがある。もしかして、窒息しかけてた??
「腹減った」
ミリィの心配はムダだったようだ。
ここに放って置くわけにもいかず、ミリィは少女を立ち上がらせ、支える。
風の魔法は得意分野なのが功を奏し、割と楽に少女を運ぶことが出来る。
「安心しなさい、ここはカジャール、私の庭よ」
たとえ学校の外れでも、自分の家同然に育ってきた土地。どこに何があるかは知り尽くしている。
「最高に美味しいランチをご馳走するわ」
突然降って湧いた災厄に、やけっぱちに宣言した。



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