「令嬢と義賊と大佐と騎士と女王」
異界黙示録。コボルト族のクレアが作り、クレアバイブルと呼ばれるそれには、全ての生命の生死の記録、アカシックレコードが書かれているという。
数多に作られた写本には、アカシックレコードを覗き見する力しかないが、原書には、アカシックレコードを改竄するほどの力があり、時の権力者達は己の栄華を不滅のものとするため、この魔術具を追い求め、ついには見つけられなかったという伝説が多々残っている。
「それって伝説の……」
たくさん作られているはずの写本すら見つかっていないことから、夢物語とされ、誰にも相手にされない魔術具。
「実在するのかどうか、教えてくれればいいよん」
「──それを……」
ロイを冷めた目で見つめ、少年が口を開こうとすると。
「アクマだー!!」
けたたましい悲鳴と怒号、薙ぎ倒されるテント。
何かが真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「こんな昼間っからアクマ!?」
人の悪心から生まれるアクマは、その性質からか、暗い場所を好む。夜に気分が暗くなるのも、闇にまぎれたアクマが、糧である悪心を得るために人を唆すせいだと言われている。
「ロイさん、後ろへ」
今度は大人しくカノンの後ろへ下がる。彼の武器ではアクマに太刀打ちできないから、当然であろうが。
広場へ姿を現したのは、黒色の狼の群れ。
「──あれは」
獣の狼とは違い、その毛並みは炎のようにゆらめいている。
血に飢えた紅い眼。ここに来る途中で襲ったのか、鮮血を滴らせたままの人の腕をくわえたものもいる。
緊張が高まる。
「おーほほほほ!!お久しぶりね、無能プリン大佐」
緊張感の無い高笑いが辺りに響いて、声の主が現れる。一番大きな狼の背に立ったその女性は、紅色で統一された異国の装いをしている。
一同に戦慄が走る。人の姿を取れるアクマは、知性も力も人間をはるかに凌駕する。高位魔術師が束になってかかっても、逃げるのがやっとの相手だ。
「ラク・シャア=ラ。やっぱり君か」
「……知り合い?」
私の問いかけに、「ああ、やだやだ」というスタンスで、ロイは応える。
「親戚。アクマ使いのラク・シャア=ラ。人間だよ」
「あんたと親戚なんて血反吐が出るけど。
それも今日で終わりよ。さようなら」
彼女が手にした鞭を振るうと、今まで大人しくしていた狼たちが、一斉にこちらへ向かってくる。
狙いはロイだけではないようで、栗色の髪の少年も応戦している。
アクマに傷を負わせられるのは、魔術的な処理をされた武器と魔法のみ。
「ええと…
《神聖なる木々よ 争い勇む我らに加護を与えよ
五大精霊…》
って、きゃあああああ!?」
慣れない高位魔法を唱える途中で、狼に魔法障壁を食い破られる。逃げることも、次の魔法を唱えることも出来ず、立ち尽くす私の前に、カノンが割り込む。
「弾けなッ!!」
素早い動きで狼の喉元を掴んだ少女がそう宣言すると、腕にはめた魔術具が反応して、蓄積された魔法が発動、アクマの体が弾け飛んだ。
「あ……ありがと」
お礼を聞く間もなく、カノンは次の敵へ向かう。
少年は善戦しているようだが、戦力にならない2人を守りながら戦わなくてはならないカノン。旗色が悪いのは明らかだ。
「いい加減諦めて、その首差し出しなさーい」
次々にアクマを召喚しながら、ラク・シャア=ラは歌うように言う。
「ザーンネンでーした☆」
パチンと指を鳴らす音がして、召喚されたばかりのアクマが炎に包まれる。あれは、魔力の炎だ。
「ロイさん、魔法使えたんですか!?」
剣を振るう姿よりも、魔法を操る姿の方が似合うのは確かだが。
「理論だけは知ってたんだけどね。実践したのは初めてなんだぁ」
飄々と言ってのける。練習も詠唱も無しに高位魔法を発動させるなんてありえない。
「形勢逆転。諦めるのはそっちの方だよ、ラク・シャア=ラ」