「令嬢と大佐」


「私は大丈夫。心配しないで。うん…うん。じゃあ、また電話するから。お休みなさい」
別れの言葉を告げ、ディスクに送っていた魔力を止める。同時に、足元の魔法陣からも光が消え、辺りの喧騒がよみがえる。
「ありがとうございました」
お礼と共に、近くを通りかかった店員に電話ディスクを返す。
夜は酒場へと姿を変える食堂を抜け、ミリィは宿泊スペースに続く階段を上る。
セラはまだ見つかっていない。
国宝級の物品を盗んだわけだから、捜査は厳重なはずだ。それでも見つからない。
何故見つからないのか。どこへ行ってしまったのか。どうしてそんなことをしたのか。
「ダメ、分かんない」
推測は真実ではない。ミリィが欲しいのは自分に優しい、自分に都合のいい理由ではない。本当に手に入れたい真実は、当事者のセラにしか語れない。
ふぅと息を吐き出し気持ちを切り替え、もう一つの気になることを解消しようと、ロイの泊まる部屋を訪ねる。
ノックの返事の代わりに、扉が開かれる。
「やっぱり来たねぇ」
意を決した表情のカノン。対してロイはいつもと同じ様に掴み所のない笑顔を湛えてミリィを迎えた。
「昼間の…」
映像として鮮明に思い出される。
アクマを率いて襲い掛かってきたロイの親戚。
柔和な目に厳しさを滲ませて、クレアバイブルは存在すると答えた少年。
そして、そのクレアバイブルを探しているというロイの目的。
聞きたいことが多すぎて、言葉に詰まる。
それを見透かして、ロイが口を開く。
「この国の東方に砂漠があるのは知ってるかな?」
温暖な国、ジールパドン。北方に海、南方に平原、西方に森、そして東方に砂漠。この国に住まうものには常識だ。
「僕たち、その砂漠の反対側から来たんだ」
「え!?だって、あの砂漠は世界の終わりで!!」
ミリィの驚く姿に、予想通りとにやけるロイ。
「そこから先には世界は無いって…」
灼熱の砂が永遠に広がる不毛の土地。
書物も先生も親も。誰もがそう言っていた。
「あるんだ。君たちが知らないだけでね」
いつもと同じ飄々とした雰囲気なのに、妙な説得力がある。
「どうしてこの国に来たの?クレアバイブルがあるから?何でクレアバイブルを探してるの?」
彼の言葉の真偽を確かめるには、情報が少なすぎた。
「長い平和が続いていた東の果ての雁州国。ある日、不治の病を患ってしまった天子様は言いました。『この病を治す奇跡の薬を手に入れて来た者に天子の座を譲ろう』」
眠れない子供に聞かせる物語のようだ。
「天子の血を継ぐ子供たちは、各地へ散って奇薬を探しました」
え?
「その子供の一人、天子の始祖の血を色濃く受け継いだ、しがない大佐は、過去の文献から異界黙示録の存在を知りました」
もしも砂漠の向こうに世界があるとして。
雁州国という国が存在するとして。
そこの天子様とやらが不治の病に侵されたとして。
天子様の血を受け継ぐ、しがない大佐がロイさんだとして。
「天子様」が私の予想通り、国主を指す言葉だとすると…?
まさかまさかまさか。
冷や汗が出る。予想が当たってしまったら、認めたくない現実に直面してしまう。
「僕は雁州国第十七皇位継承者。
君たちの言葉で言うなら、白馬の王子様だよん」
音をたてて白馬の王子様像が崩れていった。



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