「令嬢と義賊と子猫と女王」
「いいお湯ね〜」
カジャールにも大きな浴場はあったが、やはり自然の温泉は空気が違う。
露天風呂の縁に腕を掛け、どっかりと湯船に浸かるミリィに、カノンは
「あの……見えてるわよ」
恥ずかしそうに目を逸らして少し離れた所から控え目に声をかけてくる。
「いーじゃない。女の子同士なんだし」
お国柄なのか、カノンは両腕で胸を覆い、小さくなって入っている。
「せっかく広い温泉なんだから、もっと伸び伸びと入ったら?ほら」
「きゃあ!」
敵の気配が無いため油断していたカノンの背後に回り、素早く脇に腕を滑り込ませて掬い上げる。
腕が除けられ、露になる形の良い胸。
「結構大きいのね。揉んでも良いかにゃ〜?」
「なッ!?」
するりと拘束から抜け、間合いを取る。
頬が上気しているのは、温泉のせいなのか、恥じらいのせいなのか、怒りと嫌悪のせいなのか。
「冗談よぉ、じょーだん」
殺気と怯えがない交ぜになった表情をされたら、そう言うしかない。
「ねぇ、カノン」
「何?」
険がある口調だったが、律儀に返してくる。
雰囲気を戻すためにも、今まで疑問に思っていたことをぶつけてみる。
「ロイさんのこと、好きなの?」
ブッ。
「わ、私は!!」
必死な顔で振り返る。
「ロイさんの家を守護する家系なだけで!好きな人だって別にッ!!」
好きな人?面白そうな話題を掘り下げる気配を察知したカノンが反撃に出る。
「ミリィの方こそどうなの?プロポーズされてたじゃない」
君、カジャールのお嬢さんだよねぇ?僕のお嫁さんにならない?
あの時は、相手の得体が知れなかったために、謹んでお断りしたのだが。
「んー。雁州国の王子様だって話だし、家格的には問題ないんだけどねぇ。ジールパドンと雁州国は国交がないから」
「家の事情じゃなくて、ミリィはどうなのよ?」
返事の穴をしっかりと見つけて、カノンは指摘する。
言葉に詰まると、カノンは見透かして。
「まさか恋したことないとか言うんじゃ」
「端くれでも名家だからね。親や親戚が選んだ相手としか結婚できないから」
幼い頃から聞かされてきた淡い恋の悲しい末路。
物語と現実は別だと、貴族の娘は貴族の娘以外にはなれないと知っているから。とても恋をする気にはなれない。
「……そう」
しんみりする空気。
せっかく開放的な場所に居るのだ。もっと楽しい話題をと、先程のカノンの想い人について尋ねようとしたミリィの視線が第三者の姿を捉える。
「あら、珍しい」
今まで岩の陰になって気づかなかったが、貸し切りだと思っていた風呂はそうではなく。
「こんにちは。私、ミリィ。あなたは?」
ひっそりと湯を楽しんでいた人外の姿をした少女に声をかける。
種族、人種。分け隔てなく受け入れる魔術学校カジャールでも見かけることがなかったケット・シーの姿に、欲望が抑えられない。
「こ、こんにちは。私はナリといいます」
ミリィの押しの強さに驚きを見せつつも、しっかりした口調で応じる。
「ナリ、耳、触っても良い?」
「え……あ、はい」
間はあったものの、了解を得られて、ミリィは獣の形をしている耳に手を伸ばす。
「おーほほほほ」
念願の耳に触れる直前、ミリィたちのすぐ傍の竹垣を豪快に破壊して、高笑いと共に現れるラク・シャア=ラ。
「今日こそ冥土に送ってあげるわ。プリン大佐」