「令嬢と子猫と皇子と大佐と女王」


露天風呂に浮かぶ竹垣の破片。
飢えた眼で襲い来る闇の獣。
あられもない姿で応戦する少女たち。
──アクマか。
敵がナイゼルの手先ではないことに安堵し、落ち着きを取り戻すと同時に、女湯に背中を向ける。
野性的な幼馴染ほど上手くはいかないが、魔力を用いて、気配のみで敵と味方の動きを追う。
「んー。ミリィ君、着やせするタイプなんだねぇ」
ルルの隣に立ったロイは、彼とは逆に少女たちの戦いを目を細めて観察していた。
どの子がミリィで、どんな体型なのかは知らないが、恐らく胸のことを言っているのだろう。
「あの子が君の大事な妹かな?あはー。将来が楽しみだねぇ」
「……あの女はお前の連れだろう?俺が出る。下がらせろ」
無意識に声が低くなる。
ルルの機嫌の変化を気にすることなく、ロイは一糸纏わぬ姿で闘うカノンに声をかける。
「カノン君。刺激が強いみたいだから、着替えておいで」

「隙アリ☆行っちゃいな〜♪」
前線でアクマを食い止めていたカノンがいなくなった隙を突いて、後方で援護に徹していたミリィとナリに魔の手が迫る。
打ち出した攻撃も避けられ、ナリの防護魔法は間に合わない。
「ナリ!」
背後にナリを庇って、覚悟を決める。
予想していた衝撃が来ない。
「お兄様!」
ナリの嬉しそうな声。目を開くと、目の前に黒い髪の少年。急いで来たのか、腰にタオルを巻いただけの姿だ。
ラク・シャア=ラの狼は、彼が作り出した魔法の壁に阻まれて近づけないでいる。
「耳も尻尾も無いのね」
危機感も無く、感想を述べると。
「満月の夜以外はな」
爽やかな笑みと一緒に、嘘か本当か解らない返答がある。
ケット・シーは狼男と近縁なのだろうか?
猫と犬は同じグループに入るから、もしかしたら……と、知識を総動員して学術的な思考に陥りかける意識を引き戻し、再び呪文の詠唱を始める。
「ナリ、行け」
「でも」
「行け」
躊躇いを見せつつも、兄の強い態度に折れ、ナリは脱衣所に戻る。
「君も行け。目の毒だ」
「え?」
言われて、呪文を中断し、自分の姿に目を向ける。
「あらー」
着替える間が無くて、適当に巻きつけただけのバスタオルは、戦闘の余波でぐっしょりと濡れていて、肌に張り付いている。
どこぞのバカ王子とは違い、そんな裸に近い姿を見まい、見せまいとする彼の優しさに自然と笑みが浮かぶ。
「ありがと」

「あーら。今度は白馬の王子様気取りがお相手?」
ロイの口車に上手く乗せられた感じがするが。
今、ここにナリはいない。
「そうだな。俺は白馬の王子様じゃない」
久々に全力で戦える。
口元に浮かべた笑みは、少女たちに襲い掛かっていた敵よりも邪悪だ。
「俺はプリンス・オブ・ダークネス。なんてな」

「ナリ?」
素早く着替えを終え、カノンに続いて浴場に戻ろうとして、少女のことを思い出す。
服を置くように設えてある棚の向こうにいるのか、姿が見えない。
風呂場への入り口はこちら側にしかない。
「大丈夫?」
突然の戦闘で疲れてしまっただろうか?
返事が無いのが心配になり、棚の向こうを覗く。
眠っているのか、座り込んでいるナリ。
その姿を見下ろす鮮血のように赤い影。
衣装の色と、逃げ足の速さから「赤い彗星」と呼ばれる彼女は。
ラク・シャア=ラ!?
気づいた瞬間。意識は暗転した。



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