「令嬢と皇子と大佐」


一番最初に足を止めたのは、赤い髪の少女。
一足遅れて、少女が感じた視線を捉える。
「囲まれたな」
「え?」
ミリィの逡巡をよそに、戦闘は始まる。
未だ見えぬ敵から放たれた矢を、魔法の風で打ち落とす。
神話の時代からあるという森の、巨大な木々の上に敵はいるのだろう。接近戦が得意な少女は獣じみた動きで、木を駆け登っていった。
気配だけで敵と味方を区別するのは難しい。あの体力馬鹿な幼馴染ならそれも出来るのだろうが、魔法で補強しているとは言え、魔力以外は一般人のルルにはそれは不可能だ。
防戦一方の自らに歯噛みする。
「ルル、ちょっと肩貸してね」
ミリィの手が置かれる。
引っ張られるような感覚。
「……何をした?」
魔術的な何かがあったのは間違いないが。
「"同期"よ。魔力の波長を同じにして、考えを共有出来るようにする。原理は電話と同じね」
「"電話"……か」
彼女の言う電話は、電気ではなく魔力で相手と会話する不安定なシステムだ。ルルの生まれる前に廃れていた、知識だけで知る魔術に出会う違和感。四百年後の世界のはずなのに、過去に来てしまったような気になってしまう。
「ロイさんの調整が難しくて、全員無線に出来ないの。肩、気になるだろうけど、ちょっと我慢して?」
肉弾戦のカノン。どちらかと言うと剣戟のロイ。
魔法ならば立ち止まっていても遠近両方対応出来る。理に適った人選だ。
「アクマか」
木々を渡る少女の思考が流れてくる。
矢を使用すること、アレントの国境近くということ。状況から見て、ナイゼルが放った追っ手だと思ったのだが。
カノンの思考から大体の位置を読んで、魔法を打ち込む。
それにしても数が多い。
「黄泉帰りだね、これは」
敵が間合いの外にいるので、魔法で応戦していたロイは言う。
「蘇えり?」
「国境が近いからね。戦争で殺された骸に、低級アクマが寄り憑いて動かしてるんだよ」
「げ」
三人の意識を繋ぐことに集中していて、敵の姿を見ていなかったのだろうミリィが、そのおぞましい様相を見て絶句する。
「きりが無い。魔法で終わらせる、下がれ」
先程から脂汗を浮かべているミリィの様子が気にかかる。それに、この方法で戦い続けても相手はゾンビ、勝機は無い。
「少し強力な魔法を使う。君も下がっていろ」
肩に置かれた手をどかせ、リンクを切らせる。
同期したまま強力な術を使えば、繋がっている全ての人に魔力が逆流して全滅する危険がある。
リンクが切れていることを確認して、ルルは術を発動する。


「氷か、考えたねぇ」
ルルの魔法で氷づけにされたゾンビたちが地面に転がっている。
もうすでに死んだ者に、拳や剣は効かない。
有効なのは、憑代となる肉体を焼き尽くすこと。
「森の中で炎の術は自殺行為だからな」
根本的な解決にはならないが、氷が溶けるまでの間、時間稼ぎは出来る。
「さて、ナリを探しに」
ふわりと、華やかでいて控え目な花の香りがする。
「ごめん……でも、ちょっと、もう……無理」
赤く染まった頬、潤んだ瞳のミリィが、力なくもたれかかってきた。



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