「令嬢と皇子と義賊と女帝」
目が見えない。まだ太陽がある時間のはずなのに、少しの光も感じられない。
私はどうしたんだろう……?
辺りの様子が解らない故に、更に膨らむ焦燥と不安。
「やっと見つけた。私たちの可愛い子供」
艶かしい、知らない女性の声がして、後ろから抱きすくめられる。
ベロリと首筋をなめられ、甘噛みされる。
逃げろと本能が告げるのは、この嫌悪感のせいだけではない。
全身で感じる、殺意。
恐怖は声になれずに。
「アナタの全てを、母さんに返してちょーだいね」
腕から逃れようと暴れても、細い腕のようなのに、びくともしない。
いや、怖い、離して。
もがく力も弱まっていく。
侵食される。身体も心も生きながら失う。奪われる。
「あら、覗き見?」
「きゃあああああ!」
夢の中で伸びてきた女性の手から逃れようと、ミリィは飛び起きた。
夢にしては鮮やかすぎた。侵食魔法を使っていた魔女に魔力を持っていかれた気さえする。
「ミリィ、大丈夫?」
不安そうな表情のカノン。
「熱を出して倒れたのよ?」
あの夢のせいで、全力疾走してきたかのような動悸と息切れがするが。
「ん、おかげで嫌な夢見ちゃったけど、大分良いみたい」
「なら、これも食べれるな」
手渡された器からは食欲をそそる香り。
「これ……まさか、ルルが?」
身に着けたエプロンと三角巾が怖いくらい似合っている。
「こいつらは、この程度の料理も出来ないみたいだからな」
そう言い捨て、部屋から出て行く。
手元に残った木をくりぬいただけの大雑把な造りの椀の中にはクリームシチュー。
「美味しい」
空腹じゃなくても美味しいと感じる出来だ。
「そういえば、ここは?」
宿屋にしては粗末すぎる気がする。
「猟師小屋よ。今の時期は使われてないからって拝借したの」
言われてみれば、狩猟に使う道具がそこかしこに置いてある。
「じゃあ、綺麗に使って戻さないとね」
が、次の瞬間。小屋は大破した。