「令嬢と子猫と皇子と大佐と若君」
「今日の所は、引く。だが、次に会った時は容赦はしない」
そう言い、セシールはラク・シャア=ラを担いだ青年に目配せし、踵を返す。
青年は人を担いでいるとは思えない跳躍力で飛び、主の隣に降り立った。
「ま〜たね〜」
手をヒラヒラと振り、危機感のない声でロイは見送る。
セシールの言葉は、「首を洗って待っていろ」という意味合いのはずだが。
彼は天子の座をロイさんと争う候補者の人なのかな……?
遠ざかっていく背中から視線を外し、野ざらし状態になった猟師小屋に目を向ける。
ナリを探して飛び出して行こうとするルルと、慌ててそれを止めるカノン。
……ナリは本当にどこへ?
例え眠っていても、気絶していても、魔力は探知できるはずなのだ。対象が死んでいない限りは。
そのまさかを考えそうになる心に首を振って、ミリィは再び目を閉じる。
心を落ち着かせ、魔力を辿る。
「放せ!俺はナリを」
「ルル。あの木の根元に、ナリが」
ルルの隣に立ち、指し示す。
木に囲まれたこの小屋から見える、一番太い木。そこから、ナリの力を感じる。
先ほど探った時に見つけられなかったのは、彼らが魔法をキャンセルする何かを持っていたからかもしれない。
「ナリ!」
ミリィが指した通り、幹の根元に探していた少女はいた。目を固く閉じている彼女を、優しく揺り動かす。
「……お兄様。おはようございます」
寝ぼけ眼のまま、ほんやりと微笑む。今までのことが無かったかの様子に安堵し、ルルはナリを抱きしめる。
本当に良かった。ナリが無事で、約束を守ることが出来て、本当に良かった。
「お兄様?」
「痛いところとか、変な感じのするところとか、無いか?」
突然抱きついてきたかと思ったら、色々と世話を焼き始める兄。状況がつかめず、ナリはきょとんと首を傾げる。
「ナリ、今までラク・シャア=ラに誘拐されてたんだけど……覚えてない?」
少女の視線に合わせて問いかける。見たところ、顔色も良いし大丈夫そうだ。
「覚えてません」
申し訳なさそうに応える。
「どうやって逃げたのかも?」
頷く。
「そっか。でも、無事でよかった」
危機的状況をがむしゃらに抜け出して、その時のことを記憶していないというのはよくあることだ。
「見つかったんだ〜。良かったねぇ。地図によると、すぐ近くに宿屋があるみたいだから行ってみない?」
猟師小屋は大破、休むには雨風も防げない状態。あの秘湯に戻るには距離がありすぎる。
ロイの提案に、反対する者はいなかった。