「魔王と魔女」
アレントを守るように取り囲む広大な森を抜けた先、一番初めにある人間の町。つい最近まで戦争していたせいか、未だに武装した兵士の姿が見受けられるが、町は明るさを取り戻している。
その様子に、違和感を覚える。
話によれば、アレントとジールパドン王国との間に起った戦争は今年で三年目。お互いの国に多数の死傷者を出す、いつ終わるとも知れない長い戦いだったはずだ。それなのに、町並みは何も無かったかのような、平然とした様子。
戦場にはなっていないものの、戦地に一番近い、補給所も兼ねていた町なのに。戦時中特有の、荒んだ空気が見当たらない。
国力の差にしては、奇妙だ。
「どうやらこの国には、不思議な力が働いているようだね」
三十年周期で始まり、きっちり五年間続けられる戦争。
誰もがそれに逆らわず、誰もが戦争で失ったモノを惜しまない。
「不思議な力？」
少女は自分の薄緑色の長い髪を編む手を止め、隣に座る、どこを見ているのかいまいち解らない遠い眼差しの男を見やる。
男は、視線と同じで考えも現実から離れてしまっているから、誰も気づくことのない真理をも見通してしまったのかもしれない。
町並みを眺めていた紫の瞳が、隣の少女に向けられる。
強力な魔力を持つが故の孤独感を胸に抱き、普通の人間になりたいと懇願する少女。
強力な魔力を持つが故に、世界の歯車になれない少女。
「君なら気づけるはずだよ。この世界の違和感に」
「違和感……？」
この時代、この世界しか知らないセラにとっては難題に感じられる。それを知ってか、金色の魔王という仰々しい異名を持っている割に甘党らしく、クレープを美味しそうに食べている男は言い連ねる。
「決まった周期で始まる戦争。それも、きっかり五年で終戦する。誰もそれに異を唱えない、戦うことを拒否しない。平和を好むエルフであっても。……君は、これをおかしいと思わないのかい？」
「それは、おかしいことなのか？」
それが自然で、当たり前のことだと思って生きてきたから解らない。
少女の無垢な琥珀色の瞳から目を離し、ナイゼルは通りに視線を戻す。
「私の生きていた頃はそうではなかった。人々はそれぞれの考えを持ち、思想や意思を貫くために戦っていた。今はどうやら違うようだ。皆、何かの意思に従い、ノルマを消化するかのように戦争をしている」
戦争だけではない。全てにおいて人々は縛られている。
皆、親の仕事を継ぐのが当たり前だと思っている。
皆、それ以外の可能性に目を向けようとはしない。
皆、それを窮屈だとも思わない。
四百年前にも、世襲制はあった。国の法律だとしても、やはり逆らう人間はいた。
それが、この国には存在しない。
「誰かの管理する社会。決められた以上のことはしようと思うこともない世界。一見平和に見えるけれど」
「お前のしたことと何が違うんだ？」
戦いを止めようとしないエルフたちの意思を奪って、アレントに仮初めの平和をもたらしたナイゼル。
同じことのように思えた。
「違いは無いよ。しかし、このシステムはフェミアの遺志にはそぐわない。これでは優しい世界とは言えない」
目の前の通りを馬車が横切る。貴族が乗る豪奢な物ではない、運搬用の荷台。粗末な作りの檻の中には、人外の特徴を持った子供たち。奴隷として売買されるのだろう。
真っ当な職業だけでなく、闇の家業までもが絶えることなく永遠に続いていく。
それが認められている世界は。犯罪が起こる世界は。フェミアの願った「誰もが笑う優しい世界」ではない。
「やはり私は、魔力を取り戻す必要が有るようだ。君の力を貸してくれるかい？」
「当然だろう？それが契約なのだから」
願いが叶うのなら、世界なんてどうなっても構わなかった。