「令嬢と子猫と皇子と大佐と魔女」


登ることも壊すことも容易には出来ない強固な壁に守られた円形の街、ミカエリス。その唯一の出入り口である門を抜けると、視界が開ける。
計画的に張り巡らされた道。材質、形共に共通した建造物。すり鉢状の地形のせいか、ここからは街が一望できる。
「物を落としたら大変なことになりそうね」
傾斜も急な部類に入る坂道を見つめ、気をつけなきゃと呟く。
金色の髪、青い瞳。良家の子女然とした雰囲気を持つ彼女は、旅装を纏ってはいるものの、魔術学校カジャール理事長の孫娘、れっきとした貴族の息女だ。その少女と共に歩を進めるのは、彼女と年の頃の近い赤髪の活発そうな表情の娘。可愛らしい飾りの付いた帽子をかぶる幼さの残る少女。不機嫌そうな表情だが、端正な顔の少年。そして、
「ミリィ君ミリィ君。名物料理のモコナの姿焼きが売ってるよ〜」
皆を導くかのように先頭を歩いていた、軽薄さ以外の物を感じさせない眼鏡の男が屋台を指さし、振り返る。
「モコナの姿焼き?モコナって何?」
周りは飲食店揃いだから、食べ物なのだろうが。そんな食材聞いたことがない。
ミリィが首を傾げて尋ねると、いやらしい笑みを浮かべて男は答える。
「ウサギの一種だよ。美味しいよ〜」
「へぇ」
共通点の見えない五人。実際、目的も考え方もバラバラだったが。
くぅぅぅ。
可愛い音が鳴る。音の主は、恥ずかしさから俯いている。
そんな年下の少女の姿を優しい目で見やり、
「そろそろお昼だし、その名物料理でも食べてみましょうか」
ミリィの提案に反対する者はいなかった。
「ナリはモコナって食べたことある?」
「あります。柔らかくって鶏のお肉みたいですよ」
先ほどのお腹の音の恥ずかしさがまだ抜けないのか、ナリの頬は桃色に染まっている。
「鶏かぁ」
食感を想像しつつ、腰のポーチから財布を取り出す。
と。財布に絡まっていたのか、仕立屋の奥さんに貰ったお守り石が飛び出る。
「え……と……うぉっとぅ!!」
落とすまいと必死で受け止めようとするが、つるりとすり抜けて落ち、
「えー、ちょっと待ってぇぇぇぇ!!!!!!」
平坦な地面をコンコンと急な坂の方へ向かって跳ねて行く。
「ばか!……ああもう」
坂を転がり落ち始めた青い石に付いて行ってしまうミリィを、ルルは追う。
急な坂道。綺麗な球形の石は、どんどんとそのスピードを加速させていく。
「等加速直線運動ぉぉぉぉ」
「あんなのに追いつける訳無いだろう!!」
風の魔法の補助で運動能力を強化し、ミリィの横に並んだルルが言う。
……風の魔法。そうか!
「って、位置指定が定まらないから魔法でも捕まえられない〜!!」
叫んだ瞬間、舗装の出っ張りに足を取られる。
え、このまま私もお守り石みたいにこの坂を転げ落ちるの……?
周りの風景がスローモーションで流れて……止まる。
「危なっかしいな、君は」
見れば、ルルの魔法で転倒を免れたようで。
フワリと風に押されて、姿勢が元に戻る。
「よく言われる。助けてくれてありがと」
「坂の終わりは広場になっている。そこで楽に拾えるはずだ」
「そうね!」
そう言い、ミリィは再び駆けだしてしまう。
青い石は坂の終着点である広場にたどり着き、転がり落ちた勢いが収まらず、余力で平坦な広場の中心へ向かっている。
「あった!」
少し遅れて、ミリィも広場に到着する。
円形の、床面にモザイク画があしらわれた広場。まわりにはベンチや花壇、売店などがあり、休んでいる人の姿もある。
動きの遅くなった石に安心し、息を整えながら歩み寄る。
石の存在に気づいた男の人が、拾ってくれるようで。
陽光に輝く金色の髪。何か悲しいことでもあったのか、憂いを帯びた顔。それでも、彫刻の像のように整った面差し。
ミリィは息を呑む。その男の後ろに、見知った顔を認めて。
緑色の癖のない髪。表情に乏しい、でも美しい顔。彼女は。
「セ……ラ……。セラ?」
相手も、こちらに気づいたようで。
「ミリィ……どうして」
悪戯を親に見つかった子供のような、怯えた眼差し。
見つけたら、問い詰めようと思っていた。
どうしていなくなったのか。何があったのか。
聞きたいことは山のようにあったのに。
「……無事でよかった」
ミリィの言葉に、セラの顔が歪む。
「私は、会いたくなかったな」
決意が鈍るから。
魔女にならなくても良いと。
このままで良いんだと錯覚してしまうから。
絞り出すように言った言葉に、ミリィはそれでも微笑んで。
「でも、私は会いたかったから」
「……ナイゼル!!」
後ろから、ルルの憎々しげな声。
そして、目の前の金の髪の男が屈み、お守り石に触れた瞬間。


石が眩い光を放った。



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