「令嬢と皇子と魔王と魔女と子猫」


視界を奪う光量。
石はひとしきり輝いた後、一筋の光の線を天に放つ。その線は中空で四つに分岐して、街を守る門に落ちる。
「な、何なの??」
突然のことに驚き、辺りを見回す人々。
お守り石を持ち、広場の中心に佇むナイゼルには何が起こったのか、すぐに理解できた。
ネリアによると、ナイゼルの魔力はミカエリスという街に封印されており、その封印を解く鍵には、人の手を渡り歩くまじないがかけられているので、今はどこにあるのか見当もつかない。だから解くことは出来ないということだったが。
セラの知り合いの少女が持っていたあの石が、偶然にも封印の鍵だったようだ。
石から放たれた光は、外周から中心へと、光の文字を描きながら戻ってくる。
鳥のように大空からこの街並みを見ることが出来れば、街を走る道の形が魔法陣になっていることに気づけただろう。その道全てが、青く輝く。
「ナイゼル!」
直感でこの光の意味を理解したルルが、封印の解除を防ごうと動く。
彼の放った炎の魔法は、しかしナイゼルに届く前に爆ぜる。
「誰であろうと、邪魔はさせない」
アレントで手に入れた魔術具を構え、セラが立ち塞がる。
舌打ちをし、ルルはさっきよりも強力な術を編み、
「《我が声に応えよ、禍々しき紅、地獄の番犬》」
「駄目!!」
放とうとしたところで、ミリィが間に割って入る。
「退け!この封印が解けたら、手遅れになる!」
「……そうだとしても、嫌!!」
何が起こっているのか理解出来なかった。
もしかしたら、世界が滅んでしまうのかもしれなくても。
それでも、セラが傷つくのは見たくなかった。
譲れなかった。
「……この分からず屋!!」
街を巡った光が、ナイゼルの足下まで戻ってくる。
ナイゼルの手を離れ、宙に浮くお守り石。
「《平和な世界を始めよう。誰も傷つくことのない、優しい世界を始めよう》」
失われていた魔力が戻るのを感じながら、術式を紡いでゆく。
それは厳かで、柔らかで、静かな、歌声。
「ナイゼルの魔法が完成したら、世界が滅びる!だから!」
だから退けと、ルルは言う。
世界が、滅びる?
清らかな歌声に、そんな負の要素は感じられなくて。
「私は魔女。魔王に魂を売った女。世界が滅びる?それがどうした。望むところだ」
綺麗な顔に、強い眼差しと微笑みを浮かべるセラ。
歌声は続く。
「《禁を破る者には死を。禁とは死、傷、涙》」
ナイゼルの魔力を放出し終え、街の魔法陣が消える。
仕事を終えたお守り石が砕ける。
「《誰もが笑い合う、青き清浄なる世界をここへ》」
彼の歌声は藍色の文字となり、彼の周りをめぐる。
「ナイゼル!」
術の完成間際、暴風を起こし、立ちはだかる二人を退けたルルは、魔法の剣で斬りかかる。
それを、ナイゼルは素手で止めて。
「《ブルー・コスモス》」
発動のために必要な最後の一言が、放たれる。
彼の周りをめぐっているだけだった魔法文字の帯が、空へと駆け上がる。
魔法文字は、天空を円を描きながら飛び、中央に幾何学模様を浮かべる。
「くそ!」
「ルルはまだ反抗期のようだね。兄さんはちょっと寂しいよ」
言葉の通り、悲しみの表情。
「俺はお前を兄だと思ったことはない」
殺意の眼差し。
腹違いの弟の言葉に、彼の悲しみは深くなる。
「解り合えなくて残念だよ」 ルルの魔法の剣を己の魔力で中和して消す。
そして、セラと自分を魔法の膜で覆い、フワリと宙に飛び立つ。
あの膜は全ての魔法を無効化してしまう。だから、攻撃する術はない。
「もう、手遅れだ。誰も破滅を止められない」
未だ効果を発動しないナイゼルの魔法を見上げ、ルルはうめく。
「あれは、どんな魔法なの?」
「……空間支配型の自律魔法だ。魔法の支配が及ぶ空間では、犯罪者が自動的にあれに裁かれる」
前回発動した時は、ネリアたちエルフの協力があったから何とかなった。しかし、今回は無理だろう。ルルたちを襲ってきた暗殺者は、エルフだった。ナイゼルの軍門に降ったと見ていいだろう。
「犯罪者が?じゃあ、いい魔法なんじゃない?」
ルルも、初めてあの魔法を目の当たりにした時は、そう思った。
「発動してしばらくはそうだ。しかし、凶悪な犯罪者がいなくなったらどうなる?」
「……止まる……とか?」
ミリィの返事に呆れずに、ルルは情報を追加していく。彼女が正解にたどり着けるように。
「あれは自律魔法だ。それも、発動以降は大気中の魔力を糧として動く、半永久型の」
「じゃあ……」
彼女の柔らかい表情が、驚愕に彩られる。
「そうだ。凶悪な犯罪者がいなければ、軽犯罪も裁かれる。軽犯罪者がいなくなれば、口喧嘩しただけでも裁きの対象にされる」
自律魔法だから。最初のプログラム通りにしか動かない。そこに善悪の判断も、情もない。
「……禁を破る者には死を。禁とは死、傷、涙……」
ナイゼルの歌の一節が蘇る。
「どうしよう!?」
「……だから退けとあれほど……いや、今はそんな口論をしている場合ではないな」
そして、ルルは唇を噛み、黙り込む。
あの魔法を打ち破る方法を、必死で模索する。
ミリィは空を見上げる。
青い魔法文字と幾何学模様が埋め尽くす空を。
彼の魔法はどんどんと大きくなり、この街だけでなく、国ごと包み込もうとしているようだった。
それを、満足そうな顔で見つめ、中空に位置するナイゼルは両手を広げる。
「どこにあるのか解らない鍵が転がり込んでくる奇跡。神が与え給うた偶然。私の行いは神に肯定されているのだよ」
その声に応えたのは。
セラのものではない、女性の声。
「この世に偶然はない。あるのは必然だけ」
見た目とかみ合わない、妖艶な口調。
「アナタにその偶然とやらを導いたのが神だというのなら、私は神様なのかしらね」
声の主は、ナイゼルたちと同じ様に空にいた。
小柄な体によく似合う可愛らしい装飾の洋服。さっきまでかぶっていた帽子は無く、人外を表す獣耳が風にさらされ、揺れている。ブラウンの髪、ルルと同じアメジストの瞳。
いつものあどけない顔は、今は口調と同じく大人びていて。微笑みを浮かべている。
服装、見た目の特徴以外は、全く別人。
しかし、あの顔は、間違いなく。


「ナリ!?」



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