「魔女と魔王と子猫」
「それは、君が封印石をここへ導いてくれたと。そういうことかな?」
ナイゼルは、正体の見えない少女に問いかける。声はいつもと変わらず穏やかだが、警戒は崩していない。
人の手を渡るまじないがかけてあるものを、目的の所まで導くのは簡単なことではない。ある一定の期間がたてば持ち主の意志に関わらず、盗まれたり落としたりして、あの石は持ち主の手を離れる。ミリィの手を離れて転がってきていた所を見ると、石のまじないは解けていないようだった。ずっと手元に置いておくことも、ずっと追い続けることも不可能なものを目的の場所へ導く。そんな難しいことを、やってのける執念。彼女の言葉が真実ならば、彼女によってナイゼルの魔力の封印が解かれたのならば、何か目的があるのは間違いない。
「そうよ。ものすっごく大変だったんだから、感謝して欲しいわ」
ミリィに「ナリ」と呼ばれた少女は、頬を膨らませ、腰に手を当て胸を張る。年相応の可愛らしい表情。
「ああ、感謝しているよ。君のおかげで私の魔力は戻った。この力で、今度こそ世界を救うことが出来る」
あと少しで完成して、効果を発動する魔法を見上げる。
少女も空を見て、そして。
「私はアナタに感謝以外を求めてないの。余計なこと、しないでくれる?」
大空一面に描かれ続けていた魔法陣が消える。
魔法は、術者に危害を加えて、集中を乱したり意識を奪ったりすることで中断することが出来る。が、これは半自律魔法だ。発現間際の魔法を術者以外がキャンセルすることは、不可能なはずなのに。
消されてしまった。
少女は右手を天に掲げただけ。
ナイゼルに危害を加えたり、意識を奪ったりしたわけでもない。
「一体……何を?」
ここにいる誰にも、少女が何をしたのか理解できなかった。
口元だけで微笑むナリに、薄ら寒さを覚える。
未知のモノに対する言いしれぬ恐怖。
セラは、自分の腕をつかむ。何かに触れていないと、怖くていられない。本当は逃げ出したいくらいで。
命の危険を感じた。無意識に。だが、はっきりと。言葉や理論では説明できない感覚。
この少女は、危険だ。
ここにいてはいけない。
「ナイゼル」
セラの呼びかけは、恐怖で小さな声になってしまって。ナイゼルには届かない。
逃げなくてはいけないのに。体がすくんで動けない。
ナリは笑う。悪戯を種明かしするような、無邪気な口調。
「うふふ、魔法を食べただけよ。美味しかったわー。でも、まだお腹ぺこぺこ」
しかし、目は笑っていない。まるで、獲物を狙う肉食動物のような、獰猛な眼差しでナイゼルを見て。
「感謝してくれてるのよね?なら」
右手を差し出す。微笑む。誰もが逆らうことを忘れる、女帝の微笑みを浮かべる。
「アナタの魔力、ちょうだい?」