「令嬢と皇子と子猫と魔王」
「……ナリ……よね?」
着ている服も、声も、その容貌も、あの大人しい引っ込み思案の彼女のままなのに。
別人になってしまったかのような雰囲気。
それに、ラク・シャア=ラに攫われた時のように、ナリの魔力を感じ取れない。
目の前に居るというのに。
「ナリなのにナリじゃないみたい」
傍らで、同じ様に状況を見守っているルルへと目を向ける。
「ああ。誰かの支配を受けているようだ」
ミリィの視線に応えるルルの声は硬い。
大事な妹が誰かに操られていて、それも矢面にさらされていれば、心が落ち着かないのは当然だろう。
ミリィは瞳を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。
暗闇の中に浮かぶ光。ルルの魔力、近づいてくるロイとカレンの魔力、セラの魔力。
一度同期したことがある力は、すぐに見つけられる。
「黄金の気配……これがナイゼル……ね」
実際の位置関係に照らし合わせて、誰の魔力か特定する。
そして、その黄金の力の傍にある、この中でも一番大きな力。
ナリが居る場所から感じるのは、彼女のものとは違う、禍々しい魔力。
まるでそれは、筆洗いの水。たくさんの色が混ざり合って濁ってしまった毒々しい、力。
この力は過去に感じ取った経験がある。
「あの浸食魔法の魔女の力と同じ……」
『アナタの全てを、母さんに返してちょーだいね』
圧倒的な力で全てを奪われ、失っていく感覚。
あの時感じた恐怖と絶望感が蘇り、ミリィは戦慄する。
彼女は危険だ。
ナリに取り憑いているのは、強欲な魔女。
彼女は全てを欲しがり、全てを奪っていく気だ。
「ナイゼルもきっと、勝てない」
お腹ぺこぺこと、ナイゼルの魔法を食べた魔女は無邪気に言った。
彼女の桁違いの魔力を見れば、あれぐらいの芸当は当然の様に思える。
「アナタの魔力、ちょうだい?」
小首を傾げ、可愛らしくおねだりする。
「どんな魔法を使ったのかは解らないし、君との力の差は解っているつもりだけれど。優しい世界を創るためにはこの力を渡すわけにはいかないよ」
ナイゼルも事態を正確に把握しているらしく、離脱用の魔法を発動させようと右手を振り上げた。
その時。
「拒否権なんて、アナタたちには無いのよ?」
誰も、彼女の動きに対応できなかった。
それだけ、ナリの動きは化け物じみた早さだった。
「ん〜、美味し。でも、まだ前菜なのよね」
一瞬にして、ナイゼルの存在ごと彼の魔力を喰らった魔女は、舌なめずりしながら次のターゲットを探す。
「さーて、メインディッシュは」
「お前は誰だ!?ナリに何をした!」
魔女の視界に入ったルルは、彼女の気を逸らそうと声を張り上げる。
ルルも、今のナリは危険だと解っているのだろう。彼女の圧倒的な力に身をすくませるミリィの手を取り、逃げろと魔力を通じて告げてくる。
「あら、兄さんがどーなったのかーとか、自分も食べられちゃうんじゃないかーとかよりも、妹の心配?母さんが公務であんまり構ってあげなかったから、シスコンに育っちゃったのかしらー?」
「何を!?」
「ルル。母さんの魔力、忘れちゃった?」
同期しているから伝わってくるルルの動揺。寂しげな表情を装ったナリの姿をした魔女は、ルルの知っている気配を纏っている。
「私はマリアンネ。ルルの母さんよ」