「皇子と女帝 」


ここはあの時から四百年進んだ未来。普通に考えれば、長命な種族でもない、ただの人間であるルルの母親が生きているわけがない。罠の可能性も多分にある。いつものように鼻で笑って、否定すればいい。
 そう、理性では解っているのに。
「母さん……?そんなバカな……」
 こぼれ出た言葉に力は無く。
 目の前の魔力は、母のものに酷似しすぎていた。
 呆然とするルルに、ナリは両腕を広げて無邪気な笑みを向ける。
「久しぶりの親子の再会。母さんの胸に飛び込んできていいのよ〜?あ、妹の姿じゃ思う存分甘えられないか」
 その仕草も口調も、マリアンネそのものだ。彼女は魔法帝国ジールの女帝、魔法の力で延命していても不思議はない。
 だが、本物だとしても、納得できないことがある。
「妹……?俺は一人っ子だったはずですが?」
「そう教えてきたもの。アナタはジール帝国の大事な一人息子よ」
 疑惑の目を向けてくる息子に、ナリの姿をした母親は堂々と言い放つ。
「でもね、本当は双子だったの。双子は不吉でしょ?だから、ナリはケット・シーに養子に出したの」
「ナリは人間じゃない」
 あの人外の耳と尻尾は偽物ではない。そう断言出来る。
「それに、年齢だって違う。アイツがケット・シーの里で生きていたと言うのなら。ならなんで、どうして今、ここにいるんですか!?」
 たとえケット・シーでも、四百年の時を若いまま過ごせるはずがない。それに、彼女は自分の年齢を14歳と言っていたし、ルルたちのように時を超えたようにも見えなかった。
 息子の当然の疑問に、ナリは顔を綻ばせる。
「教えてあげる。だから、私と一緒にいらっしゃい?後ろに隠してる子も一緒に」
 妖艶な微笑み。
「ミリィも……?」
 背後にかばった少女は、気丈な眼差しで成り行きを見ているが、まだ震えている。
 先程、マリアンネは「メインディッシュ」と言っていた。彼女が求めているのはルルか、ミリィか。もしくはどちらもか。
「どうしてですか?」
 例え実の母親でも、油断してはいけないと何かが警鐘を鳴らしている。小さな表情の変化も見逃さないように意識して、問いかける。
 中空に浮いたまま、ナリは表情を曇らせて。
「どうしてって……気づいているから一緒にいるんだと思ってたんだけど違ったのね。ナリのこともそうだけど、とんでもない鈍感さんで、母さん困っちゃうわ」
 全く、誰に似たんだかと、ため息を一つ吐き、気品を感じさせる柔らかな動作でミリィを指さす。
「その子はね、アナタの妹……」
 ナリの顔に邪悪な笑みが浮かべ、マリアンネは言い放った。



「フェミアの生まれ変わりなのよ」



back  next