「魔女と令嬢」


 たくさんの魔力を吸収したせいで濁ってしまった魔力。その禍々しい力を前にすると、身がすくんでしまう。
 彼女の姿を見た時から、本能は逃げろと告げていた。それほどまでに、あの魔女との力の差は大きかった。
 無造作に手を動かすだけで術式を発動出来るあの魔女ならば、見える範囲にいる私たちの命など簡単に奪えるのだろう。死神の鎌はもう、首にかけられている。
 状況は絶望的。逃げるどころか、立っているのがやっとだ。
 それでも、私は。



「ねぇ、セラの誕生日っていつ?」
「……この宿題に誕生日は関係なかったはずだが?」
 突然正面からかけられた言葉に、セラはぶっきらぼうに応じる。視線を計算式の踊る紙面から上げると、目の前で同じ問題に挑んでいたはずの金髪の少女は、金字で占星術大全と書かれた本を広げていた。
「ミリィ……」
 占星術を用いる魔術もないことはないが、この問題には全く必要のない分野だ。それに、彼女が広げている本は参考書ではなく、一般の占いの本。この前、噂好きの女生徒たちが読んで騒いでいたものと同じ本だろう。
「宿題を私の家で一緒にやらない?と誘ったのは誰だったかな?」
「私だけど。でもさ、ずっと考えてるよりも、ちょこちょこ休憩を挟んだ方が効率が上がると思うのよ」
 セラの冷たい視線に動じず、ミリィは答える。彼女の集中力の短さは知っていたので、ため息を一つ吐くだけにしておく。
「それで、誕生日なんだけど」
 タイミング良く運ばれてきた紅茶を口に含む。答えを期待して目を輝かせているミリィを放っておいて、一通り貴族の飲む紅茶を楽しんでから、応じる。
「星占いなんてそれらしいことが書いてあるだけの、信憑性の低いものだろう?」
 紅茶と一緒に運ばれてきたケーキをフォークで一口大に切り、口へ運ぶ。やはり庶民の食べるものとは違う。
 部屋の内装も、置いてある家具もきらびやかで、目の前の少女がやはり大貴族の娘なんだと再認識させられる。
「むー。またそんな夢のないこと言ってー!信憑性が低くても高くても、セラとソウルメイトだーって言われれば嬉しいじゃない?」
「ソウルメイト?」
 聞き慣れない単語に首を傾げると、ミリィは宿題に向かっていた時とは正反対の態度で説明を始める。
「人の命は、体と魂の2つの成分で構成されているの。世界に存在する魂の数には限りがあって、その昔、人類が増えすぎた時に魂が足りなくなってしまったんですって。体があるのに魂が足りない。その時神様は、魂を割って数を増やし、その難局を乗り切ったそうよ。今、私たちが持っている魂は欠片で、同じ欠片の持ち主をソウルメイトって呼ぶんですって。私とセラは絶対ソウルメイトだと思うのよ」
「何を根拠に。見えないものは判断しようがないだろう?」
 それを誕生日で診断できるのよ!と熱っぽく語るミリィに、仕方なく誕生日を告げる。
 結局、ミリィの欄にもセラの欄にも、お互いの誕生日は載っていなかった。



 振り返れば頬を涙で濡らしたミリィの姿がある。いつもは無邪気な彼女は、今は大きな混乱の中にいて、表情を曇らせている。
 彼女の明るさに助けられた。
 分け隔て無く接してくれる彼女が、セラという離れ小島を世界へ繋ぐ唯一の橋だった。そのミリィの命が危険にさらされているならば、命を賭してでも守らなくてはいけない。
 今までずっと煩わしく思っていた、この魔力を生かす時が来た。ずっと無くしてしまいたいと思ってきた力だったが、無くさないでいて良かったと思った。ミリィを逃がす時間稼ぎくらいは出来るのだから。
「ミリィ。私も、ミリィと私はソウルメイトだと思う」
 話を聞いた時は鼻で笑っていたが、本当はとても嬉しかった。
 回りのみんなと同じ様に、普通の女の子でありたかった。ミリィがいたから、普通を知ることが出来た。
「いや、そうでなかったとしても、お前の友人でありたいから、私は……!!!」
 力の差ゆえに、攻撃してこない魔女の心の隙を突いて、セラは魔女に向かって走る。
 


 その手に、願った日常を手に入れるために。



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