「皇子と令嬢と女帝」
「大人しくしていれば見逃してあげたのに」
楽しそうにマリアンネは言った。
何が起こったのか、誰にも解らなかった。
「セラ……?」
マリアンネとミリィの間に割り込んだセラが、全魔力を解放して、攻撃を仕掛けようとした所までは見えた。
「セラは……どこに行ったの……?」
尻餅をついたまま立ち上がることも忘れて、ミリィは呆然としている。
視界に映るのは、先程と変わらないミカエリスの街並みと、中空に浮いたケット・シーの少女。足りないのはエメラルドの髪の少女の姿だが、セラの姿も魔力も見つけられない。
「アナタを守ろうとしたのかしら?人間にしては大きめな魔力だったけど、あの程度で私に敵う訳がないのにね」
カラリとした口調で告げる。攻撃を仕掛けようと飛び出したセラがどうなってしまったのか、ルルには理解出来た。
しかし、ミリィは未だに事態を飲み込めていない。いや、飲み込みたくないだけかもしれないが。
「私を守ろうとして……?セラは……」
「美味しく戴いたわ。安心して?アナタもすぐに同じ所へ行けるから」
奪うことが当然の彼女は、その顔に笑みを浮かべている。
その時、大気が震えた。
「私のせいで、セラは」
パチパチと、電気が弾ける音がする。
「私の……せいで……セラは死…………嫌ぁぁああああああああああ!!!!!」
ミリィの感情に呼応するかのように、彼女の魔力が暴走を始める。
床面の美しいモザイク画も、端に並べられていたベンチも、風に揺れていた花も。全てが魔力で生み出された稲妻に引き裂かれる。地面はひび割れ、熱を帯びた風は渦となって、回りのものを巻き込み吹き飛ばす。
「魔力の暴走?紫眼の力が無くても出来るのね。ますますその体、欲しくなっちゃった」
最悪な状態のはずなのに、マリアンネは嬉しそうにミリィに向かって手を伸ばす。彼女の魔力をもってすれば、暴走した力の鎮圧など些細なことなのだろう。
「……え……?」
しかし、すぐに魔法を発動しようとした手を引っ込める。
「魔力が吸い取られていく……?」
体の力が抜けていく感覚。マリアンネの体にも同じことが起こっているのだろう、彼女は思案するかのように己の手を見つめたあと、
「この器じゃこれ以上は保たないわね。その体、もうしばらくアナタに預けといてあげるわ」
仕方なさそうにそう言い残し、じゃあね。と、踵を返す。
母の姿を見送り、ルルは再び迫り来る危険に目を向ける。
「……ミリィ……」
普通の人間では「魔力の暴走」は起こらない。彼女はジールの魔法研究室で研究されていた被験者と同じ、特殊なタイプの人間なのかもしれない。
彼女の魔力吸収で、回りに張っていた防護の魔法も消え失せる。
飛んでくる破片を新たに生み出した魔法の壁で弾きながら、ミリィに近づく。
自分も母親のように、魔力の暴走がおさまるまでどこかに避難すればいいのに。何故か傍に行かなくてはならない気がして。
「私なんて……消えてしまえばいい」
風に乗って、ミリィのつぶやきが聞こえる。あの快活な少女からは考えられないくらい沈んだ声。
「セラは、私を守ったせいで死んでしまったから……私は……」
魔力の中心で呆然と立ちすくみ、うわごとのように繰り返す。
その姿に、ルルの胸は苦しくなる。気づけば、彼女を強く抱きしめていた。
「君のせいじゃない!セラが死んでしまったのは、ミリィ、君のせいじゃない!」
「私のせい。私がここにいるから……ここでセラに再会したから……あの子は死ぬことになってしまったの。私の、私のせいなの」
ミリィの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
初めて見る彼女の弱った姿。ルルはかける言葉を見つけられない。
「私なんて……生まれてこなければよかった」
その言葉を最後に、ミリィは目を閉じる。周囲で渦巻いていた魔法も消える。
「そんなはず、ない」
彼女が納得できる言葉を返せなかった。それが何故か歯がゆい。
行きずりの縁で一緒に旅をしているだけなのに。深入りする必要はないのに。気になって。
魔力を使い果たして気を失ったミリィを抱いたまま、座り込む。ほとんどの魔力を吸い取られてしまったようで、体が言うことを聞かない。目蓋が、重たい。
遠のく意識が最後に捉えたのは、自分たちを「犯罪者」と呼び、取り囲む警備兵たちの姿だった。