「ミカエリス編〜ロイ side」
「待ってください、お兄様!」
ポーチからこぼれて坂を転げ落ちる青い石に付いて行ってしまったミリィとルルを追いかけて、ナリは駆け出す。
「ロイさん、私たちも行きますよ!」
「ほふひひぇ?」
ほふひひぇ?返ってきた言葉に疑問符を浮かべ、カノンは振り返る。
そこには、丸い餅のような胴体に兎の耳を生やした物体がこんがり焼かれたものにかじり付く銀髪眼鏡の男の姿が。
「何食べてるんですか!」
「むご……モコナの姿焼きだけど?」
「そんなの見れば解ります!」
じゃあ、何で聞いたの?という眼差しを向けつつも、首を傾げるだけで、食事を再開する。
「のんびりしている場合じゃなくて!」
「……僕たちも追いかけようって?落とし物を取り戻したら昼食にするんだし、ここで待ってた方が良いと思うよ〜?」
すり鉢状になっている街の底は広場になっていて、そこにもいくらか売店が出ているようだが、商業スペースであるここほどの品揃えはなさそうに見える。ロイの言い分も一理あるだろう。
「カノン君も食べるかい?名物料理だけあって、他では味わえない味だよ〜」
差し出された不思議生物の姿焼きを受け取るべきか戸惑っていると、周囲の空気が変わるのを感じる。
「何?」
街の中心から飛び出た青い光が門に落ちた。そして、足下の道を同じ色に染め上げていく。魔術的な何かなのだろうが、体に異変は感じない。意見を求めようとカノンがロイを見ると。
「カノン君、ミリィ君たちを追いかけよ〜か」
いつもの調子でそう告げて、ふらりと歩き出す。
「え……はい」
傾斜が思ったよりも急な坂道を下る。この分だと、ミリィたちは一番底まで下りてしまっているだろう。さっきの光は街の中央に位置する広場から発せられたように見えた。彼女たちが無事ならいいのだが。
「さっきの光、何だったんでしょう?ロイさ……ん?」
前を歩いていたロイに視線を戻したはずが、誰もいない。
「あー、タマネギ多めで〜」
「はいよ〜」
「え!?」
後ろを見ると、ロイは屋台でホットドッグを購入しているところだった。
「もう!ロイさん!ミリィたちを追いかけるんじゃなかったんですか!?」
彼が立ち止まった気配を感じなかった。それに、目を離したのも一瞬だった。
普段の彼からは考えられない俊敏さだったが、彼が本国で大佐の役職に就いていたことを知るカノンには驚くようなことではなかった。ミリィに出会う前まではこうして振り回されていた。ミリィやルルたちと旅をするようになって、少しは団体行動というものを覚えたと思ったのだが……。
「キノコは入れないで〜」
「キノコが目玉なのにそりゃ無いぜお客さん」
「あのヒダヒダが苦手なんだよねぇ。解らないかなぁ?」
カノンの存在を無視して、キノコのどこが好きではないのか、珍しく熱く語っている。
ロイは主、カノンはその従者なのだから、この扱いは当然なのかもしれない。
「でも、ミリィは普通に接してくれたなぁ」
同年代の友人のように自分に接してくれる金髪の少女を思い出す。それと同時に、いつも冷たい表情を浮かべている黒髪の少年も思い出して。
「そういえば、名前呼ばれたこと無いんじゃない……?」
ルルは雰囲気から主従関係にあることを察したのだろう。ミリィは「君」や名前で呼ばれているのに、カノンはいつも「お前」だ。名前を呼ばれた記憶が全く無い。妹のナリは誰に対しても丁寧なのに、ルルはナリ以外とはコミュニケーションを取ろうとしない。最近はミリィへの態度が軟化してきたようだったが。
ミリィやナリがいなくなって、ロイとルルと3人で旅をしなくてはならなくなったらと考えると、ぞっとする。
「まぁ、ナリがいなくなるんならルルもいなくなるし、杞憂よね」
「カノン君〜?」
名前を呼ばれて意識を現実に戻すと、ホットドッグを買い終えたロイが先で待っている。
「空の感じも変だし、ちょっと急ごうか」
「空?」
言われて空を見る。青い空を覆う、藍色の幾何学模様。
「あんなの、有りましたっけ……?」
質問に答えは返らない。急ぐと言っていたから置いて行かれたかと思ったが、
「ココナッツミルクとー、タピオカとー、パイナップルシロップで」
今度はかき氷の屋台でご当地デザートを購入している。
「……ロイさん……」
かき氷よりも冷たい眼差しで責めるが。
「ご当地グルメは1度は試さないとねぇ。さ、行こうか」
飄々とした態度で流される。
「……あれ?」
再び見上げると、空に広がっていた幾何学模様は消え去っていた。
「よそ見して歩いてると危ないよ〜?」
その注意は当然だったので、カノンが視線を戻すと。
また、ロイの姿が無い。
「今度はどこに!?」
視線を走らせる。が、この近辺にはもうご当地グルメの、のぼりが立つ屋台は見られない。
はぐれたかと冷や汗をかきかけたその時、主人の声が聞こえる。
「カノン君もココア飲むかい?」
かき氷で体が冷えてしまったロイは、手近にあった飲み物を売る店にいた。
「いえ……私は良いです」
疲れ切った声で答える。
急ごうと自分で言っておきながら急ぐ気配のないロイの姿。こんなのはミリィと一緒に旅をする以前は日常茶飯事だった。
できたてのホットココアを優雅に飲んで、一息吐き、ロイは立ち上がる。
「そろそろいいかな。行こうか」
そう言い、カノンを無視して歩き出す。
今度は寄り道をすることなく、真っ直ぐ下っていく。
商業スペース程で無いにしろ、この道には飲食店が多い。合流したあと、すぐに昼食をとれそうだと安心していると、悲鳴が聞こえた。
「今の……ミリィの……?」
ロイと顔を見合わせ、坂を転げ落ちないように気をつけながら走る。
坂の終わりに差し掛かった所で、鎧に身を包んだ男たちに止められる。
「この先は危険だ」
「危険?」
目を向けると、広場を覆い尽くす程の大きな竜巻と稲妻が見える。魔法だろうか。
「魔力の暴走……かな」
ロイがそういうなら、そうなのだろう。
魔力の暴走に巻き込まれた人たちが担架で運ばれていく。
「ミリィたちは……」
吹き飛ばされたり切り裂かれたりしたのだろう、その傷はどれを見ても痛々しい。この近くにいたであろうミリィたちの安否が気遣われる。
「よし、突入!!」
魔法が収束したのを見計らって、警備兵たちが広場へ突入してゆく。
荒れ狂う風と雷に荒らされ、ズタズタになった広場の中央にいたのは。
「ミリィ!?ルル!?」
探していた人たちの予想外の登場にカノンは戸惑う。
警備兵たちは、魔力の暴走を引き起こしたのが彼らだと思っているようで。
「助けなきゃ!捕まっちゃう!!」
カノンは駆け出そうとする。が、ロイに腕をつかまれる。
「ロイさん!」
焦るカノンに、ロイはいつもの胡散臭い笑顔を浮かべて言った。
「大丈夫だよ。僕が誰だか忘れたのかい?」