「ミカエリス編〜病院」


「へぇ……感情が……」
 検査結果が印刷された紙を見て、ロイは目を細めた。
「はい。精密検査、血液検査、共に異常は見られませんでした。重度のストレスから来る感情の欠落とも予想されますが、こちらの施設では原因解明も治療も難しいですね。王都の研究施設なら、もっと踏み込んだ検査が可能だとは思いますが……」
「参考になったよ、ありがと」
 ヒラヒラと手を振り、医者を見送る。
 ミカエリスは戦争の最前線補給基地も兼ねているだけあって、医療設備が充実していた。彼の所見通り、ここで原因が解らないなら王都に行くしかないだろう。
 ご自由にお使いくださいと通された入院用の部屋は、他のものとは違い、内装が豪奢だ。指揮官クラスの人間が使う部屋なのかもしれない。
「ロイさん、ミリィは……」
 ミリィと共にベッドに腰掛けているカノンが心配そうな眼差しを向けてくる。戦闘中は鬼神のごとき非情さを見せる彼女の年相応の反応を、微笑ましく思う。
「フェミア姫の記憶を引き継いだことと、精神的ショックが重なったことが原因、というのが僕の見解だね。現代の医学じゃ治療が難しい分野だよ」
 予想通り、カノンの表情が青ざめていく。
「じゃあ、王都に行っても……?」
「治らない可能性の方が大きいね。王都にはマリアンネ様もいるし。彼女の目的はミリィ君ではなく、フェミア姫みたいだから、王都に行くことは避けた方が良いと思うよ」
「ミリィ……」
 彼女を救う手立てを見つけられないカノンは、泣きそうな表情でミリィの手を握る。ミリィは無感情な眼差しでカノンに一瞥くれた後、再び窓の外をどこともなしに見つめている。
 このまま彼女を眠らせておくべきか。それとも、治療して目覚めさせるべきか。
 ミリィを蘇らせる当てがあるロイは考える。この件はアレントの預言には書かれていなかった。慎重に当たらなくては望む未来は得られない。
「カノン君、本国に帰ろうか。あそこなら、魔法や科学以外の治療法もあるからね」
 沈黙を破り発せられたロイの言葉に、カノンの表情は明るくなる。
「はい!」
「ルル君はこれからどうする?」
 いきさつを話して以降、ずっと暗い顔で俯いている少年に声をかける。今までのルルならば、ナリを追いかけて飛び出して行きそうなものだが、今は大人しく考え事をしている。
「僕たちはミリィ君を治しに、本国へ帰るけど……一緒に来るかい?」
「……そうだな……」
「ナリ君を助けに王都に行くかい?」
「……そうだな……」
「僕の質問、聞こえてないよね」
「……そうだな……」
 実の妹のナリを追うべきか、過去に守りきれなかったフェミアの生まれ変わりの傍に居るべきか、決めかねているのだろう。ルルは上の空で答えを返してくる。
「これは重傷だねぇ」
 ロイが頭を抱えると、「重傷」という単語だけ聞こえたルルが顔を上げる。
「ミリィはそんなに悪いのか?」
 そんなルルの態度に、ロイはため息を禁じ得なかった。



back  next