「再会〜ロイ side」


「大切な者を3人失うだろう」
 それは確定した未来。
 逃れることの出来ない呪縛。

 ・×・×・×・

 パチパチと木がはぜる音だけが響く静寂な空間。街からそう遠く離れたわけではないのに、人里の喧噪はここまで届かない。ゆらゆらと揺れる炎を見つめていたロイが、おもむろに口を開く。
「ルル君。考え事しながら、どこか行っちゃったねぇ」
 そうですね、と応じるのは赤毛の少女。彼女は心を閉ざしてしまった仲間が眠るための準備をしながら、言葉を継ぐ。
「協力的なのは良いんですけど、なーんか調子狂っちゃいますよね」
 ミリィが感情を失ってから、ルルは様子がおかしい。それまでの彼は放たれた矢のように、望むところに素直だったというのに。今の彼はぐずぐずと悩んでばかりで何も決められていない。
 それも仕方がないとロイは思うのだ。ルルはそれまでナイゼルを倒すことだけを考えてきた。その目的があっさりと目の前で消されてしまえば、この先のことを悩んでしまうのも当然のことのように思える。
「それに、ミリィ君にはフェミア姫の記憶が引き継がれた。”大事な妹”をどちらか選ばなきゃいけないのも悩みを深くする原因なのかな」
「今、何て?」
 ロイの独り言を返答だと思ったカレンは、言葉が聞き取れずに首を傾げる。それに手を振って何でもないと告げ、
「カノン君、ルル君を迎えに行ってくれるかい?あの様子じゃここへ戻るのは無理だろうから」
 追っ手のことも考えて、今夜は街道から外れた所で休むことにした。まわりの木々は街も近いこともあり、よく手入れされていたが、それでも夜分け入れば迷子は確実だ。野生のカン的なものが希薄そうなルルが、考え事をしながら出て行って帰れるはずがない。
「わかりました」
 ミリィの寝所の世話を手早く終わらせて、カノンは立ち上がる。
 目を閉じ、ルルの気配を探る。生き物の気配が薄い場所なのか、すぐに求めているものを見つけ、カノンは目を開く。そして。
「ミリィに変なことしちゃダメですよ!」
「しないよ〜」
 主に釘を刺すことを忘れない。ロイのいつも通りの返事を疑いの目で見やって、カノンは木々の間へと消えていった。
「行ってらっしゃ〜い」
 ヒラヒラと手を振り、部下を見送ると。
「カノン君が気づかないその気配隠しは、どういう仕組みなのかなぁ?セシール君」
 振り返り、木々の間に広がる闇の中へと問いかける。
「答える義理はない」
 冷たく言い捨て、声の主はたき火の光が当たる場所に歩み出る。
 現われたのは、赤銅色の髪の小柄な少年。共に軍に所属していた数ヶ月前とは雰囲気が違う。彼の武人としての成長は喜ばしかったが、可愛らしさや初々しさが失われてしまったことは本当に残念でならない。
「お前たちは手を出すな」
 そう後ろに控える大男とアクマ使いの女性に命令を下して、セシールは目の前でヘラヘラと笑っているロイをにらみ付ける。
「ロイレールタファル・ゲアラハ。お前はシュンユゥ・凌霄君中尉殺害で手配されている。投降しろ」
 そう言い、セシールは武器を構える。この辺りでは見かけない、しかし祖国ではありふれた、刃の部分に竜の刻まれた刀。あの紋様には見覚えがある。
「君が師団長を拝命したんだね、おめでとう。でも、手配犯を追うのは近衛師団長の仕事じゃないと思うよ〜?」
 ロイののほほんとした物言いに、セシールの眼光は鋭さを増す。
「そんなことは解っている」
「解ってるなら、僕を追うのは追跡隊に任せて、早く国に帰った方がいいよ〜?君は能力も血統も申し分ないけど、まだまだ武人として日が浅いんだから」
「……あなたにかけられた手配条件は”生死問わず”だ。都で待つわけにはいかない」
「どうして?」
 危機感無く、ロイは首を傾げる。
「あなたに聞きたかった」
「何を?」
 彼が知りたいことは解っている。が、知らない体で問い返す。
 彼にとって自分は悪役で良い。挽回する必要は無い。
「あなたって人は!!」
 ロイの飄々とした態度に、怒りを爆発させたセシールが斬りかかってくる。
 その切っ先を受けて、何度か切り結ぶ。怒りの乗ったセシールの攻撃は強力だったが、単調で、先を読むのは簡単だった。力一杯繰り出された刃を、柔術の要領で受け流し、当て身を食らわす。
 急所に攻撃を食らい、動けなくなったセシールに剣先を向けて、ロイはため息を吐く。
「相変わらず直情的だねぇ。そこは弱点にしかならない、戦闘では冷静になれってシュンユゥ君も言ってただろう?」
 剣を向けられても、彼の眼差しは臆することなくロイを捉える。
「どうして中尉を殺したんですか!?あの晩、何があったんですか!」
 予想通りの質問。
 この答えを聞かなければ、彼は前に進むことが出来ないのだろう。だから負った責任を放棄してここにいるのだ。ロイの口から真実を聞くために。
 だが、教えるわけにはいかない。

 ・×・×・×・

「大切な者」の1人目はシュンユゥ。
じゃあ、2人目は?



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