「罪を負った日」


星の無い夜。犯した罪を思い出させる冷たい色の月光。
「俺は……正しかったのかな?」
血に濡れた両手。あの時の映像が、感触が、今でも消えずに残っている。
「解らない。それでも、ザクは私を救ってくれたわ」
鈴を転がすような声は、今は悲しみを纏っている。
彼は少女を見ない。あの日からずっと。



フェミアが捕らえられている場所は恐らく。
表の通路から、隠し部屋まで、知り尽くしているグランバニア城内を、目的地に向かって一直線に進んで行く。
王族の私室があるブロックの、一番奥の扉を開く。
「ザクか」
重厚な設えの部屋と同じ雰囲気の男が窓辺に佇んでいる。
そしてその傍に、大きな鳥籠。
「父上、アレントは少数ながら強大な魔力を有する国です。このまま戦えば共倒れになります。お考え直しください」
戦争が始まってから、何度と無く言ってきた言葉。それでも、父は息子の忠告に耳を貸さない。いや、父だけではない。兵士や使用人、国民の全てが何かに操られたように、戦に賛意を表している。
「共倒れは有り得ん。紫眼のエルフが手に入ったからな」
年齢の割に若く見えるグランバニア王は、淡々とした口調で言う。
鳥籠に閉じ込められたエルフの姫君フェミアは、エルフの女王の最愛の妹にして唯一の弱点だ。
「妖精王は、妹が捕らえられたからと言って、戦いを投げ出したりしません」
采は投げられた。平和主義のエルフ達も、自身の命が危ういとあっては戦わざるを得ない。
しかし、この戦争は、グランバニアが止めれば終わるのだ。
「あちらには魔術具もあります。人質がいたとしても」
ザクの言葉が笑いに掻き消される。
「誰がこの娘を人質にすると言った?エルフだぞ?しかも紫眼の血を継いでいる、またとない逸材だ。
この娘の血、一滴で死にかけた者は生き返り、生きているものは寿命が延びる」
「それは御伽噺じゃ……」
「そう思うか?父のこの姿を見ても」
七十歳を越えてもなお、三十代の姿、体力を保っている父。
グランバニアは高水準の医療技術を持っている。父が若々しくあるのは、そのせいだと思っていた。
「あのなりそこないの瓶詰共でもこれだけの力があるのだ。正当な血の効力は御伽噺以上だろう」
びんづめ。何かが心の中で崩れていく。
──ザク。エルフと人との合の子は、人の腹では成長できないのです。だからこうして、手助けしてあげるのですよ。
母の語る父は、慈悲深い、優しい人だった。
国主である父は多忙で、接する機会が少なかったから、母の言葉が全てだった。
「じゃあ、地下の研究施設は」
優しさが生み出した場所ではなく、人を家畜として扱う傲慢さが支配する場所。
自分が何故「世間知らず」と陰で言われているのか、ようやく理解する。
国民全員が父の研究を知っているのだ。
「この戦争はすぐに終わる。その瞬間、世界がエルフはモノと認めるのだ」
今までは倫理的に認められなかったことを勝者となることで認めさせる。
全ては不老不死の材料を得るために。
少女は唇を噛む。魔法封じの鳥籠のせいで何も出来ないのだ。
「グランバニアは強くなる!ジールを越えるほどに。ようやく夢が叶うのだ」
魔法帝国ジール。強力な軍隊、豊かな土壌、活気ある産業。ジールを越えることが、代々グランバニア国王の目標であり、夢だった。
「紫眼のエルフはもう一人いるからな。血も肉も全て、我が兵に捧げてもらおう」
剣を携え、王は鳥籠へと向かう。
国を挙げて追い続けた夢。
医療技術の終点、不老不死。
それよりも俺は。

幼馴染と三人で笑いあった優しい時間。
柔らかく微笑む無垢な少女。
ただ、失いたくなくて。
腰の剣を抜き、そして。

生暖かい、ねっとりとした感触。
俺は、父親をこの手で殺した。



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