「マジカルプリンセス☆ラジカルフェミアン」


閑静な住宅街の路地裏。袋小路に追い詰められた、冴えない顔の男が振り返る。
最近頭角を現してきた「当て屋」と呼ばれるその男は、ボロボロの身なりをしている。しかし、彼が首から下げているルーペは、金属の枠に小さな宝石が埋め込まれている高価な物。些か不釣り合いだ。
「それは人が持つべきものではありません。解ってください」
フェミアは悲しげな表情で、手を差し出す。
「これを渡したら俺は、あの頃に逆戻りだ!!だから……渡せない!」
しかし、男に応じる意志は無い。その様子に小さくため息を吐き、
「理解して頂けないのなら、力ずくも厭いません!」
そう言い、フェミアは懐から鍵を取り出す。それを天に突き出し、叫ぶ。
「フェミア・メタモルフォーゼ!」
彼女が眩い輝きを放ったかと思ったら、衣装と髪型が変化していた。
「颯爽登場!マジカルプリンセス☆ラジカルフェミアン!!」
春を連想させる少女の桃色の髪は、高い位置でツインテールにされており、いつものお淑やかな雰囲気を払拭している。
身に纏った衣装は、えんじ色の袖がゆったりとした作りになっているブレザーに白いシャツ、ブレザーと同じ色のネクタイ。スカートは膝丈で、黒に赤や黄色のラインが入ったバイヤスチェックのプリーツスカート。そして足下は黒のハイソックスとショートブーツ。こちらも普段とは違う、アクティブな印象の物。
袖口や裾にレースがふんだんに使ってあったりと、若干アレンジはきいているものの、これは明らかにこの前ねだられて貸したザクの国にある学校の制服を模倣したものに違いない。
先ほどの鍵が変化した物なのだろうか、先がハート型になっている杖サイズの鍵を男に向け、彼女は言い放つ。
「反省しない悪い子は、ママに代わってお仕置きよ!」
目の前で繰り広げられる予想外の出来事。
事前の説明も何も無く、ただただ置いてけぼりのザクは呆気にとられるばかりで。
何が起こってるんだ?というか、何でこんなことに??
ずっと城にこもってばかりでは息が詰まるからと、近くの人間の住む街に観光に来ただけのはずが。
「GPSナビゲーション!!!」
ザクの逡巡を無視して、話は進んでゆく。
「そんなん当たるかよ!」
少女の放った虹色に輝く魔法の球は、男にひらりと避けられる。
避けながらも男は、慣れた手つきでルーペの金属部分を動かし、片眼鏡状に変形させ、装着する。
「ザク!」
少女が、緊迫した様子で振り返る。何を言うのかと思ったら。
「私は攻撃系の魔法は習得していないの。だから、ザク。あの人からルール・フラグメを取り戻して!!」
「え、じゃあ、さっきの魔法は?」
攻撃魔法にしては移動速度がやけに遅くて、避けられるのも当然だと思ったんだけど。
「あれは……逃げられても位置がすぐに解る、追跡用の魔法で……」
「じゃあ、その服は?」
「……魔女っ子は、変身が基本だと思ったから……。やっぱり私には似合わないかしら?」
上目遣いの視線。恥じらいのためか、頬が桃色に染まっている。
「いや、すっごく似合ってる」
お世辞抜きで。本気でそう思った。
表情が、優しくなる。少女の視線を、真っ直ぐに受け止める。
久しぶりに微笑んだ気がする。父をこの手にかけ、間接的に自国を滅ぼした罪を忘れまいと、ずっと塞ぎ込んでいた。罪人だから。彼女に拒絶されるのが怖くて、視線を合わせないようにしていた。
少女の眼差しは、以前と変わらない。
「やっと私を見てくれた」
少女の微笑みも、以前と変わらない。
だからこそ、罪の意識が強くなる。
犯した罪を忘れてしまいそうだから。
と、フェミアが右手を振る。
彼女の手を離れた杖は、こっそりと二人の脇を通ろうとしていた男の鼻先をかすめるように、民家の壁に突き刺さっており。
「逃がしませんよ?」
……杖で戦えばいいんじゃ……?
彼の思いも虚しく、フェミアはザクの後ろに隠れる。
抜き身のナイフをギラつかせた男が逃げる機会をうかがっている。
彼には戦う意志はないらしい。
「さぁ、ザク。私のために戦うのです」
「いや、でも、武器は持ってないし」
武器が無くても、相手は素人のようだから楽勝なのだけど。
もう、他人と争うことはしないと決めていた。
殺されそうなことがあっても、抵抗する権利はないのだと。
自分にはもう生きている価値などないのだと。
それが償いになると、思ったから。
「では、これを」
渡されたのは、さっき彼女が投げた杖。
ザクがそれに触れた瞬間、杖の形が変化する。
「魔術具・カリバーンは、手にした人間に適した武器に姿を変える変身剣なのだ!!」
「……そうなんだ?」
目を爛々と輝かせ、いつもと違う口調で解説するフェミアが、どこか遠い世界の人に感じられる。
「さあ、行け。勇者ザクよ!悪者の手からルール・フラグメを救い出すのだ!」
何を言っても聞いてもらえそうにない。
仕方なく、白銀の剣へと変化したカリバーンを構える。
「見たところ、あなたは戦いに慣れていないようだ。大人しくそれを渡してくれるなら、深追いはしない」
が、やはり男はザクの提案には乗ってこない。
ナイフを構え、襲いかかってくる。
ここは路地裏の割には広いが、長剣を振り回せば民家の壁に当たってしまう程度のものだ。
カリバーンがザクの意思を読み取り、短剣へと変化する。
彼の攻撃を受け流し、剣の腹で彼の頭を強打、失神させて終わり……の、はずだった。
「え!?」
ザクの手加減をした攻撃が、ことごとく避けられる。
男が剣術に長けているというわけではない。彼の動きには明らかにそういう素養がない。
「その方が付けているモノクル、それには未来を見通す力があるの!」
「それなら!」
フェミアのアドバイスを受け、短剣を滑らせる。
素早い連撃。
未来を見る力があるとしても、どこに攻撃が来ると解っていたとしても、能力を上回る早さの攻撃は避けきれない。
武道の心得がない男は、ザクの予想よりも早く攻撃に当たり、倒れる。
少女がそこに駆け寄り、男がかけていた片眼鏡を外す。
「フェミア……ルール・フラグメって……?」
きっとその片眼鏡のことを言うのだろう。先ほど、未来を見通す力があると言っていたが、魔術具とは違うのだろうか?
「それは……」



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