「飲食街にて」


「どこから話せば良いのかしら……」
ザクが運んできた「旬のデザート5種の生搾りミックスジュース」を味わいながら、フェミアは首を傾げた。高い位置で結んだ髪がさらりと音をたてる。余程気に入っているらしく、服装はラジカルフェミアンのままだ。
ここは先ほど男と戦った路地から、少し離れた飲食街。長い話になるから……と、連れてこられたのだが。
飲食街は食事時でもないのに人が多く、ざわついている。フェミアの鈴を転がすような声など簡単にかき消されてしまうだろう。
「ここは人が多いから、違うところに」
という申し出も、大丈夫だからと却下されて。情報を整理するから、待っててと言われてしまったのが数分前。
なので、今はフェミアと同じジュースを飲みながら、ぼんやりと先程の男について考えを巡らせる。
あの男は、未来を見ることが出来るという道具を使って、賭博でぼろもうけしていたらしい。
フェミアとは、ルルほどではないにしろ、長いつきあいだから。だから、彼女が嘘を言うとは思えない。それに、戦った時の男の反応からも「未来を見ることが出来る道具」が真実だと解ったし、気を失った彼に数枚の金貨を握らせてきたから、対応に間違いは無かったと思うんだけど。
と思いながらも、先に確認を取らずに彼女の言いなりに動いてしまった自分を反省する。
誰も傷つけないと誓ったはずなのに。
「これが惚れた弱みってやつなのかな」
苦笑して、目の前でうむむと考え込んでいる少女に目を向ける。
意識しなくても、表情が和らいでいく。笑顔を浮かべるなんて、いつぶりだろう。
彼女と居て、こんな幸せな気持ちになってしまうのなら。一緒にいてはいけないのかもしれない。
俺は重罪人だから。救われてはいけない存在だから。
「ザク」
そんな彼の心情を察して、フェミアが彼の手に触れてくる。
ザクはいつの間にか俯いてしまっていた視線をフェミアに戻し、微笑む。
「フェミア、考えはまとまった?」
彼の様子に、フェミアも心配そうな表情をやめて笑み、
「ええ、まとまったわ」
……と言っているのだろうが、周囲の雑音にかき消されて聞こえない。
「フェミア、やっぱり場所を移そう。ここじゃ君の声が聞こえない」
席を立つザクを、フェミアはやっぱり引き留めて。
右手にはめていた細かい装飾が施された金の腕輪を外し、テーブルに置く。
そして目を閉じて何か呟くが、すぐに目を開いて首を傾げる。
「……フェミア?」
何か魔術でも使おうとしたのだろうか。
少し首を捻ってから、フェミアは何か思いついたらしく、ポンと手を叩いてポーチから護身用のナイフを取り出す。
ナイフはきちんと手入れされているようで、少し滑らせただけでフェミアの白い肌に傷が出来る。
深く切ったのだろう、すぐに裂け目から赤いものが顔を出した。
「ザク、気持ち悪いかもしれないけど、私の血を飲んでもらえる?」
すぐ傍に立っていたから、彼女の声はちゃんと聞こえていた。
時とともに、その量をじわりじわりと増す赤いしずく。頭が真っ白になる。
彼女は飲みやすいようにジュースに入れようとしていたようだったが。
「あ……」
強引にフェミアの手を引き寄せ、彼女の傷ついた指先を口に含む。
そしてすぐにハンカチを包帯代わりに、止血する。慣れた手つきにフェミアは呆然としている。
「怪我は感染症とか破傷風の原因になるから、無闇に傷つけちゃ駄目だ!」
焦った様子のザクに、フェミアは苦笑しながら、
「『枠組みの外の人』とは違うから、平気なのに」
それでも嬉しそうな表情。
「これで声はちゃんと届くようになったから。席に戻って大丈夫よ」
きちんと消毒しないと……というザクを、いいから、大丈夫だからの一点張りで押し戻す。
「使ってないとは言っても、医療用の布じゃないし。やっぱり病院に行った方が……」
「だから大丈夫だって。ザクったら心配性ね」
エルフは切り傷ぐらいじゃ病院なんて行かないのよ?
それに、病院よりもここの方が隠れ蓑になって都合がいいのよ。さっきのモノクルの方の件もあるし。と畳み掛ける。
ザクが大人しくなったのを確認して、
「ザク。私の声、届いてる?」
改めて問われて、ハッとする。
先程と周囲の状況が変わったわけではない。今でも周りにはたくさんの人が居て、それぞれが食事を楽しみながら会話に花を咲かせている。フェミアの声を、かき消す勢いで。
それなのに。
「今度はちゃんと聞こえるよ。どんな魔法を使ったんだい?」
「これは魔法じゃないのよ。それも含めて、世界の仕組みから話すわね」
そうね、まず。
一呼吸置いて、フェミアは口を開いた。
「化学……あ、バケガクの方ね。その、化学って解るかしら?」



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