「世界のしくみ1」
「化学って……元素が〜とか、結合が〜とか、反応が〜とかいう、アレのこと?」
魔法を使えない民が大半を占めるグランバニアでは、化学や物理などの世界を分析する学問が発達していた。魔法などという仕組みの解らない不思議な力に頼らず、堅実に世界を理解することで豊かな暮らしを手に入れようとしていた。
結局は不老不死をもたらすエルフの血」という不思議の力を追い求めたせいで滅びてしまったが。
ザクが問い返すと、フェミアは頷く。
「ええ。世界にある物質は、分析していくと、原子とか分子とかイオンとかになるのよね?」
魔法と化学、それは対極に位置するものだから、フェミアの口から化学的な単語が出ることに違和感を感じる。
「そうだけど……」
核心から遠く離れているというより、全く別ジャンルの話をされているようで、
「それが魔術具とルール・フラグメの違いと、何の関係が……?」
それに、さっきまで聞こえなかったフェミアの声が、よく聞こえるようになったのが魔法じゃないというのはどういうことなのか。
結論を急かすザクに、フェミアは真面目な表情を向ける。
「ザク、あなたに協力して欲しいことがあるの。『枠組みの外の人』であるなら、なおさら。だから、全部知っていて欲しいの」
「……解った」
いつもは綿毛のようにほんわかしている少女の、思い詰めたかのような雰囲気。質問を忘れ、気圧されてしまう。
ザクの了解の言葉を聞き、フェミアは満足そうに頷いてから、口を開く。
「じゃあ、その原子や分子の組成を自在に操れるとしたら、どう?」
「え」
どう?と聞かれて、一瞬言葉に詰まる。遺伝子を操作する技術が成功したのもここ数十年のことなのに、それよりも小さい、目に見えないものを自由に組み替えることなんて。
「試験管とか、実験室の中でなら可能だと思うけど」
「手のひらの上の葉っぱを、一瞬で鉛筆に変えるとかは?」
風で飛んできた葉を、手のひらの上に乗せるフェミア。
化学をある程度学んでいるから、物心ついた頃から学者に囲まれて生活してきたから、出来ないと決めつけずに出来る方法を模索してしまう。
「……鉛筆に必要な分子の数だけ葉っぱを集めれば、理論上は何とかなると思うけど……そんな、分子をバラバラにして、任意の形に再構成する技術なんて」
「その技術が、あるとしたら?」
今度こそ、ザクは絶句してしまう。
それこそ、夢物語。そんな技術は化学ではなくて、まるで……。
ザクの考えを継ぐように、フェミアは悪戯っぽく微笑んで、
「その技術が魔法の正体。人間とエルフで魔法の質が違うのは、基礎を理解しているかいないか、それだけ」
あっけらかんと言った。