「世界のしくみ3」
とんとんと彼女の手元で纏められた紙芝居は、さらりと元の落ち葉に戻ると風に飛ばされて視界から消えてしまう。
その落ち葉の行く先に向くフェミアの眼差しは遠い。まるで、見てきた事柄を思い出すかのように。
「行き過ぎた科学力を持った前文明は、全てを解き明かし、それらを操る道具を作り出したわ。それによって、人々の暮らしは便利で、効率的なものになった。でも……」
先程の紙芝居を読んでいた時とは打って変わって、フェミアの表情は寂しげで。
「……人は機械の力を借りてだけれど、一人で生きていくことが出来るようになった。全てが望むままに実現する世界で、人は工夫や努力を忘れていったわ。だからこそ、自分とは違う考え方があること、それを受け入れていくこと、自分以外の存在を思いやること……人が人として生きていく上で、大切なことが希薄になってしまった。小さな争いが絶えず起こるようになった不安定な世の中。そうなれば、どうなってしまうと思う?」
相手のことを考えない、意見を聞かない、全て自分の思い通りにしようとする人たちの世界。
不老不死という幻想に狂った父親の姿が頭をよぎる。
自分の理想のために、他人を犠牲にすることも厭わない。その他人はモノではなく、自分と同じ、心も意志もある人間だというのに、それに気づくこともない。自己中心的な振る舞い。それが招いた惨状。
彼女が導き出したい答えが、ザクの中にはあった。
「せき止めるものがなければ、小さな諍いはいずれ国同士の争いに……」
国内の動乱を鎮めるには、国外に敵を作ってしまうのが一番簡単な方法だ。
ザクの故国、グランバニアの経済は低迷していた。全ての人の生活は、豊かで、心も物質的にも満たされた生活をしていた。それ故に必要最低限以上の買い物をしなくなり、需要よりも供給が上回った。物が売れなければ収入も減ってしまう。収入が減れば支出も減る。働きたくても働き口が無い労働者も増えていく。豊かさの飽和から始まったその負の連鎖は簡単には断ち切れない。高まる政治への不信感を拭い、国民の意思を一つに纏めたのが国王であり、ザクの父親だった。
真実を知るまでは、父は素晴らしい指導者だった。否、自国のことだけを考えれば、倫理さえ無視してしまえば、英雄とも言えたかもしれない。
でも、それは間違っていると。もっと違う手立てを見いだすべきだったのだと、ザクは今でも思っている。命を奪ってしまうことの重大さを知ってしまったから。未だに悪夢にうなされるほど、後悔しているから。
「大規模な戦争が起こる」
ザクの答えに、フェミアは頷いて。
「神話に語られる前文明《神無の時》には、世界的な戦争が3回行われたそうよ。その3回目には、星を引き裂く程の兵器が用いられ、海を焼き尽くし山を沈め、地形を変えただけでなく、星に息づく命の8割が消えたと伝えられているわ」
元素を操る機械や、遠隔操作システムを生み出すほどの科学力だ。「星を引き裂く程の兵器」というのは例えなどではなく、真実なのだろう。
「ザクは、《神無の時》と《神世の時》の神話は覚えているかしら?」
不思議と、国は違っても創世神話の根っこの部分は同じらしかった。突然の投げかけだったが、ザクは小さな頃、寝る前に読み聞かせてもらった内容を思い浮かべ、応じる。
「ええと。大ざっぱに言うと『昔は神様がいなかったから荒れていた世の中でしたが、今は神様が見守っているから平和なのです』ってゆうあれ?」
そう、それ。と、フェミアは柔らかく微笑んで。
「《神無の時》の終わり、生き残った人々はこの惨劇を二度と引き起こさない様にと、遠隔操作システムの技術を応用した人類管理システム《ミューズ》を作りだしたの。それは、人間の潜在意識や気候、地殻を制御するシステムで、人々が豊かになりすぎないように、人との繋がりを忘れないように、争いを起こす状況を作らないように、予測演算して管理するものなの。これが、神話に語られてる神様の正体」