「教会」


「遅かったな」
街外れの教会に足を踏み入れると、予想通りの声に迎えられる。
マーケットとは違い、彼の闇色の衣装に似合う静謐な教会。信仰心の薄まった世の中で、半ば廃墟になりかけているここは、絶好の隠れ家といえた。
「撒くのに手間取っちゃって」
あれくらいの人数なら、女の子を1人守りながらでも闘えた。それでも、出来なかった。
これからもっと酷いことに巻き込むことになるというのに。
祈りを捧げる祭壇の前で、向かい合う。
ザクの柔和な目が険を帯びる。
「血の臭いだ」
「ちのにおい??」
獣の嗅覚を持つナリですら感じ取れない微かな臭い。
「ここを気取られるわけにはいかないからな。彼らには眠ってもらったよ」
その言葉には、後悔の念も哀悼の気持ちもない。
目的のためには手段を選ばないルル。
やっぱり彼には、彼女が必要だ。
「さあ、教えてもらおうか。ナイゼルの居場所を」
彼が求めてやまない仇敵の居場所。それを教える代わりに、ザクは「妖精を1人連れて来る事」という条件を出した。
ルルは俺が妖精を手に入れたいからその条件を出したと思っているようだけど。
…ごめんね、ナリちゃん。
心の中だけで謝って、脇に立った彼女のライトブラウンの髪を優しく撫でる。
「ナリちゃんもルルの旅に同行する。そうでなければ教えられない」
案の定、ルルは面喰う。が、すぐにいつもの表情に戻る。
「とんだ偽善者だな、ザク」
「本当にそう思うよ」
微笑むルルに苦笑で返す。
「ルル様と一緒に行っても良いのですか?」
今まで辺りを警戒しながら、ただ成り行きを見守っていたナリは無垢なアメジストの瞳をルルに向ける。
口数が少なくて、解りにくい言い方しかしないルル。それでも、彼の纏う雰囲気はナリを惹きつける。
真摯な眼を正面から向けられ、ルルは視線を逸らす。
「条件として提示されてしまっているからな。止むを得ない」
「”そうだよナリちゃん、付いておいで”ってどうして言えないかなぁ?」
ギロリとザクに向けられる反論の眼差し。
彼は昔からこうだ。フェミアと一緒に居た時から。あの頃と変わらない親友の姿に、胸を撫で下ろす。
きっと戻る。彼女を失う前の君に。
祈りを込めて瞳を閉じ、一呼吸置く。
「ナイゼルの事なんだけど」
あれこれ注文を付けといて、とても申し訳ないんだけど。
ザクの曖昧な笑顔。この顔は見覚えがある。
「お前は誠実さが売りだったはずだが、時は人を変えるんだな」
「うん、ごめん」
こうも素直に謝られたら、怒る気も失せてしまう。ずるい所は変わっていない。
生まれる安堵と苛立ち。2人で戦えば敵は居ないのに、何故お前は俺と来てくれないのか。
「お前のことだ、手がかりくらいは掴んでいるんだろう?」
そうでなければお前じゃない。
「ネリア姫が知ってるって」
言葉を聞いて、あからさまにルルの表情が引きつる。
「それでも。行くの?」
逡巡。揺れる瞳。
「行く、しか、無いだろう」
振り絞るように出した声はかすれて。
心配そうに見上げてくるナリに、取り繕うことも出来ないほど動揺している。
「ルル様?」
「しばらく、独りにさせてくれ」



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